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2 0 0 7 年 2 月

平成19年2月28日(水)

<熱燗>

最近は 全国的に焼酎ブームで殆どの酒好きの人は
焼酎を飲んでいるようである。

宮崎にも、多くの焼酎メーカーがあり、そのブームの恩恵を
十分に受けており、いずれも業績を伸ばしている。

今や全国ブランドとなった黒霧島、雲海等がその代表格である。

確かに焼酎はその原材料や醸造技術の研究と改良が進み以前と比べると
品質が飛躍的に向上している。

このブームの背景には、清酒やウィスキーに押されて涙を飲んでいた
焼酎メーカーの涙ぐましい努力があった事は間違いない。

そして今や焼酎と清酒、ウィスキーの立場は逆転してしまった。

ウイスキーはともかく清酒メーカーは随分と淘汰されたらしい。

しかし清酒メーカーの中には根強いファンに支えられ、またそのファンが
新たなお客を紹介するというところもある。

その一つが伏見の老舗である北川本家である。

ここのお店の“富翁”がよい。

この酒は冷でなく熱燗が合う。

昔ながら辛口の酒である。

この富翁の味はおそらく全く変わっていないのではないか。

学生時代に路地裏にある薄汚れた(失礼!)学生専門の居酒屋で
飲んでいた時と同じ味だ。
(当然と言えば当然な話なのだが)

この酒を飲んでいると当時の事が懐かしく想い出されてくる。

あんな事をしなければ良かったという後悔と
なぜあんな事をしたのだろうという後悔もある。

まさしく光陰矢の如しである。

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平成19年2月27日(火)

<米軍最新鋭戦闘機とH2Aロケット>

最近、沖縄の米軍嘉手納基地に最新鋭戦闘機のF22Aラプターが配備された。

F22Aはレーダーに捕捉されにくいステレス性となっており、
超音速での高い運動能力をもっているとされる。

この戦闘機が米国以外に配備されるのは初めての事だそうである。

その配備目的は適切な抑止体制を維持するためということである。

中国と北朝鮮に対する牽制とはなるだろうが、
逆に必要以上に刺激することにもつながるだろう。

或いは六ケ国会議で約束した事項を北朝鮮に間違いなく履行させることを
狙っているのかも知れない。

ステレス戦闘機なので当然北朝鮮方面の偵察飛行も
計画されているはずである。

しかし何かの手違いでこの最新鋭の戦闘機が、撃墜されでもしたら
大変な事態となる。

そして、日本もまた二月二十四日(土)にH2Aロケット12号機打ち上げを
成功させた。


このH2Aロケットには情報収集衛星「レーダー2号」が積載されており、
これで4基の衛星が揃い最低一日に一回地球上の
あらゆる施設を撮影できるようになるそうである。

このレーダー衛星は事実上の偵察衛星でその撮影対象が
北朝鮮の軍事施設と核施設であることは明確である。

当然沖縄に配備されたステレス戦闘機と連携することになるだろう。

米軍と日本だけでなく中国軍・韓国軍とも密接な連携を維持して、
最悪の事態にならないよう努力してもらいたいものである。

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平成19年2月26日(月)

<プロ野球春のキャンプー読売ジャイアンツ>

プ野球の春のキャンプが2月23日で終了し、これからオープン戦。

宮崎には昭和33年から現在までキャンプをしてきた読売ジャイアンツが
来ていた。

来年は、宮崎キャンプ50周年との事。

半世紀にわたって同じ場所でキャンプを続けてきたということは
大変な事である。

宮崎もお陰で宮崎=ジャイアンツというイメージが全国的に知れわたり、
その宣伝効果は図り知れないものがある。

まさににジャイアンツ様々である。

二月十六日に名誉監督の長嶋茂雄氏がジャイアンツのキャンプを観に来た。

右脚と右腕が不自由のようであるが、杖を使わずに胸を張って歩く姿は、
入院前と同じ状態である。

顔色もよく元気そうな感じて゛、ファンは
一安心というところである。

その長嶋氏は、原監督や選手達に“勝つ、勝つ、勝つ”と
三回の勝つを口に出して激励していた。

そして選手達を見る眼もキラキラと輝いて熱心そのものという感じである。

心底から野球大好きの人なのだろう。

いつでもいつまでもファンの前にその姿を見せてもらいたいものだ。

それにしても相変わらずベテラン選手達の戦線離脱が目立つ
ジャイアンツのキャンプであった。

プロ野球選手であることを強く自覚してほしい。

そして多くのファンの期待に応えてもらいたい。

頑張れ!ジャイアンツ。

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平成19年2月24日(土)

<うなぎの蒲焼>

宮崎市から車で北西に向かって20分位走った所に西都市がある。

西都原古墳群で有名な所である。

この古墳群は、女狭穂塚(めさほづか)と男狭穂塚(おさほづか)を中心にして、
大小古墳が点在している。

この西都原は桜の名所であり、四月になると桜の花と菜の花で
彩られ花見客で振わう。

敷地内には西都原考古博物館があり、当時の状況が分かるようにしてある。

この西都市の北西の所に百余年の歴史がある入船という
うなぎの蒲焼屋さんがある。

このお店の蒲焼は、大変人気がある。

休日には店内はお客さんで一杯となり、たくさんのお客さんが
待ち合い室で待たされる。

お客さんは当然のことのように待っている。

更にそこから溢れたお客さんは、お店の向かい側にある
南方神社の境内で待つこととなる。

このような事態を心得て、お店の方では順番待ちのお客さんに
スピーカーで伝えるようにしている。

この神社の創立年代は明らかでないが、古い歴史をもつとされている。

境内に推定樹齢1000年位のクスの木が立っている。

このお店では、三代目のご主人が一心不乱にうなぎを炭火で
汗をかきながら焼いている。

そして程良いタイミングで自家製のタレをつけている。

このタレだけは、でご主人だけが先代からその調味方法を
伝授されているそうである。

そうして出来上がった蒲焼は脂の乗ったうなぎとそれにかけたタレとが
見事に調和して、食欲をそそる香りを漂わしている。

そのボリュームも半端ではない。

小食の人には、少し多すぎるかも知れない。

ここのお店の評判が良いのも頷ける。

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平成19年2月23日(金)

<宮崎市内のうどん屋さん>

宮崎市内にはうどん屋さんを数多く見ることができる。

新しく出来た道路沿いには、勿論最近オープンしたうどん屋さんがあり、
駐車場の必要性から移転してきたうどん屋さんもある。

しかし古くから営業しているお店の殆んどは、元の場所から離れずその場所で
営業しているような気がする。

国道沿いのお店、国道から離れた以前からある道路沿いのお店、
一方通行しかできないような裏通りにあるお店。

多種多様なお店がある。

宮崎市で古くから営業しているお店で“重乃井”といううどん屋さんがある。

宮崎観光ホテルの裏通りにあるお店である。

建物は建築された当時のままの状態である。(?)

店内も同様で床は土間であったものをコンクリートを
張り付けているようである。

テーブルも椅子も歴史を感じさせる代物である。

座敷もあって座卓と座ぶとんが置かれている。

そこの天井も壁も歴史の跡が刻まれている。

このお店の最大の特徴は、そこの壁に読売ジャイアンツの歴代の
選手たちの写真やサインが掲げられている事である。

特に長嶋監督は、このお店のうどんを好んで食べていたそうである。

このお店のうどんは全て自家製の釜揚げうどんである。

少し濃い目のつゆに入れて食べるうどんは、食べるにつれてうどんとつゆが
馴染んで味が良くなるような気がする。

一度この味を覚えたら忘れられない味である。

こうして書いている内に食べたくなってきた。

近いうちに食べに行こう!

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平成19年2月22日(木)

<江田神社ー日本最初の神様を祭る神社>

宮崎は“南国宮崎”というキーワードの他に
もう一つ“神話の里”というキーワードがある。

神武天皇が日向の国で誕生したという神話から生まれたキーワードだろう。

神武天皇の本来の名前はカムヤマトイハレヒコノミコトと言うそうで、
大和地方を平定し紀元前660年2月11日に初代天皇となったとされている。

最近まで全く知らなかった事がある。

それは宮崎市北東部にある江田神社

この神社には、イザナギノミコト(男神)とイザナミノミコト(女神)が祭られており、
この二人が日本最初の神様とあるとのことである。

この神社の創建は不明である。(紀元前?)

同じく宮崎市にある宮崎神宮は、神武天皇を祭った神宮であるが、
広い境内と立派な建物があり一種独特の荘厳さを感じさせる。

ところがこの江田神社は、小さな鳥居(永年の風化のより
劣化したのか鉄製支柱で支えられている)と狭い参道、
そして、どこにでもありそうなこぢんまりした神社が立っているだけである。

日本最初の神様を祭るにしては、宮崎神宮と比べると余りにも貧弱に見えた。

天皇の先祖であっても天皇ではなかったからという理由によるものであろうか。

それとも他の理由があるのか。

興味を唆られる事実である。

宮崎日日新聞社が東国原知事にインタビューで取材した記事の中で、
同知事の宮崎観光活性化に関する構想として
奇しくも「日本発祥の地ー神話・伝統・歴史」というキャチフレーズを
国内外に向けて発信するという記事が出ていた。

なかなか良い所に目を付けたものである。

「出来るな、お主!」という感じである。

県知事の発想であるかどうかはともかく、これならば日本国内のどこも
真似することが出来ない完全な差別化商品となるであろう。

この構想が実施されたら、場合によっては江田神社もアッピールされて
多くの人たちが参拝に訪れるかも知れない。

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平成19年2月21日(水)

<“Song  for megumi(めぐみに捧げる歌)”>

TVでNHKの夜9時のニュースを観ていて、驚きと感動を覚えた場面があった。

それは、今北朝鮮による拉致被害者として有名な横田めぐみさんを
歌った歌である。

ベトナム反戦歌である“500マイル”を歌っていた
ピーター・ポール・アンドマリーのメンバーであった
ポール・ストーキー氏の作詞作曲の作品である。

世界的に有名な歌手が歌うという事実は相当に衝撃的な出来事である。

勿論、世界中の人々の耳にもこの歌が届くに違いない。

北朝鮮を意識したこの歌に対して、
日本政府はポール氏に感謝しなければならないであろう。

これ程心強い支援はない。

歌ほど世論を動かすものはない。

人の心をもっている人はこの歌に感動し、めぐみさんの事を
かわいそうに思い、早く拉致から解放される事を強く願うに違いない。

ポール氏が歌う側でジッ聴いているめぐみさんのご両親の、
今にも泣き出すのではないかという表情が何よりも深い悲しみを語っていた。

非人道的な行為により悲嘆にくれている人に対して、何とか救いの手を
差し伸べようという人類愛に満ちたこの歌。

非常に感動した。

拉致解決の大きな力になる事は間違いない。

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平成19年2月20日(火)

<BS2永遠の音楽ーGS大特集>

TVでBS2の番組“永遠の音楽ーGS(グループサウンド)大特集”を観賞した。

往年の歌手たちがそれぞれ年輪を重ねた風貌で登場した。

その殆んどが、いわゆる団魂の世代に属する人たちだろう。

グループの中には、鬼籍に入ってメンバーか゛揃っていないものもあった。

そして集ったグループが順次歌い始めた。

全員今でも現役なのであろう。

当事よりも歌が上手になったかのように聴こえる。

ブルーコメッツの“ブルーシャトー”、パープルシャドウス゛の“小さなスナック”
ワイルドワンズの“思い出の渚”等々。

昭和41年頃からGS時代が始まった。

高度経済成長が始まり、サニーやカローラといった乗用車も発売され、
社会が活況を呈していた時代である。

現在のように経済的にも物質的にも豊かではなかったが
明るい将来が約束されているかのような雰囲気があった。

2007年問題として喧伝されている団魂の世代の定年退職。

彼等は現役を続けるような気がしてならい。

戦後の日本は、良きにつけ悪しきにつけ
彼等の存在を無視することはできない。

団魂の世代という言葉は、作家堺屋太一氏の造語であるが、
この世代の圧倒的な人口に着目されて造られたのだろう。

彼等は、余りにも突出した人口の為
誕生した時から現在まで広く社会に影響を与え続けてきた。

それこそ揺り籠から墓場まで。である。
        
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平成19年2月19日(月)

<日向国の江戸時代展>

今、宮崎市内にある宮崎県総合博物館
“日向国の江戸時代展”が開催されている。

現在の宮崎県がどの藩によって治められ、どのような歴史を辿ってきたかを
年表や地図そして各種展示物(着物、屏風、陣羽織、日本刀、火縄銃等)
で分かるようにしてあった。

それによると当事の日向国は、延岡藩、高鍋藩、佐土原藩、飫肥藩、
鹿児島藩、人吉藩そして一部幕府によって治められていた。

このように日向国は、小藩に分かれ一部が幕府や大藩の領土となって、
言わば国そのものが分断された“小藩分立”の状態であった。

それによると今の宮崎市は幕府領である。

そこで暮らしている領民たちは、自ずからこのような国の状態から、
生活、慣習、生計、言語等に関して直接的に影響を受けていたことが想像できる。

宮崎の方言で代表的のものとして
“よだきい”(したくない)“のさん”(つらい)があり、
何れも怠けもの的な後向きの言葉であるが、
この江戸時代の国の形態から生まれた言葉かもしれない。

つまり弾圧され続てきた領民の悲痛な叫びではなかったのだろうか。
        
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平成19年2月17日(土)

<米映画―“明日にむかって撃て”>

TVで久しぶりに米映画を観た。

名優ポール・ニューマとロバート・レッドフォード主演の
“明日にむかって撃て”である。

そしてキャサリン・ロスが色を添えている。

1969年制作の映画である。

今から38年前の映画とは、とても思えない出来映えの作品である。

現在観てもそのストリーに古臭ささを感じることもなく
そのカメラワークの巧みさには驚くばかりである。

そしてポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、キャサリン・ロスの
軽妙な会話のやり取りが何とも面白い。

現在の米映画はテンポが早く、その素早いストーリーの展開には
感心させられるが、この“明日にむかって撃て”は、ストーリーの展開が
ゆったりとしているので、安心して観る事ができる。

加えて映画に挿入されている音楽“雨に唄えば”がよい。

この音楽を聴くだけでも気持が和んでくる。

映画の場面が、この音楽を聴くだけで思い出されてくる。

この映画は、それまで制作されていた映画と区別されて
ニューシネマと称されているそうである。

制作者からすれば、当事勇気をもって大胆な手法を採用したに違いない。

その決断が見事に結実した作品である。


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平成19年2月16日(金)

<平和台公園>

宮崎市の北西部の高台に平和台公園がある。

公園には平和の塔が建ち、はにわ公園も併設してある。

元々は皇紀2600年(昭和15年)の記念事業として
平和の塔か゛建てられたものである。

当時は平和の塔という名称ではなかった。

その塔の正面に“八紘一宇”という銘が刻みつけられていたので、
八紘台と言われていた。

“八紘一宇”とは世界中を一家のように仲よくさせるという意味だそうで、
戦時下であった当事国威発場の為につけた国家のスローガンである。

その事を証明するかのように、この塔の石垣に使われている石は、
当事日本の占領下ににあった国のものが多数使われている。

戦後、憲法改正による戦争放棄の方針の下、
平和の塔に改められたものである。

進駐軍である米国の指摘もあったに違いない。

この公園には、遊歩道、アスレチック広場そして水辺も整備されていて
市民にとって格好の散策と憩いの場となっている。

現在ほど整備されていない頃は、近くに住んでいる悪ガキたちの、
絶好の隠れ処であり、探検遊びの場所であった。

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平成19年2月15日(木)

<マグロはえ縄漁船―遭難から奇跡の生還>

昨年から現在に至るまでマスコミ報道でやたらと“宮崎”が出て来る。

好ましい出来事の報道ならば県民として非常に誇らしい事であるが、
どちらかと言うとイメージダウンの報道であるので心が痛む。

今回、日向市のマグロはえ縄漁船の転覆と乗組員の遭難が報道された。

そのマグロはえ縄漁船撮影の為にマスコミの人も乗船していた。

漁船は、どうも他の船に衝突され船体を切断されて転覆した模様である。

しかも当て逃げとの事。

相手の船は鹿児島の貨物カーフェリーらしい。

海に投げ出された遭難者の方は悲惨である。

おそらく衝突してから一瞬の出来事であっただろう。

それからの船長の判断力と統率力が素晴らしい。

この季節通常ならば船から投げ出されてしまった時点で、
とても生還する事は困難である。

この漁船には救命イカダが積んであり、その取り扱い方法について
昨年七月に講習と訓練を受けていたとの事。

救命されるまでの三日間このイカダに乗って漂流していた。

船長の真面目な心構えがこの生還につながった。

日頃の安全意識に対する心構えと行いが如何に大事かと言うことである。

この船長に敬意を表したい。

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平成19年2月14日(水)

<排気ガス規制―デイゼルエンジン開発競争>

今、日本の自動業界で乗用車用のデイゼルエンジンに注目が集っている。

欧州では、以前から環境対策の為にデイゼルエンジンを多く使用してきた。

日本では一時燃費が良いということで乗用車にデイゼルエンジンが
使われたこともあったが、最近では殆どその姿を消していた。

石原東京都知事が、トラックに使用しているデイゼルエンジンの
排気ガスについて批難したこともそのイメージを悪くしたのかも知れない。

ディーゼル車普及のカギは排ガス低減と除去技術だと言われいてる。

欧州でデイゼルエンジンの開発が、一段と進み、
以前とは次元の違うエンジンとなり、高級車の代表であるベンツまで
デイゼルエンジンを使用するようになった。

 欧州ではディーゼル車の比率は50%以上にも達しているとの事である。

日本でもいすゞ自動車は、伝統的にデイゼルエンジン技術に
定評のある会社であるが、 トヨタ自動車と提携したことにより
今後より進化したディーゼルエンジンが出現する可能性があるように思われる。

現在乗っている乗用車は、
昭和63年型のディーゼルエンジンの乗用車であるが、
どこも異常がなく、頗る快適に走ってくれる。

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平成19年2月13日(火)

<風林火山―戦国最強の武田軍団>

戦国時代、甲斐の武田信玄率いる武田軍は、
当時最強の軍団であると言われた。

桶狭間の戦いで今川義元を倒した織田信長も、
この武田信玄だけには、一目をおいて恐れたていたようである。

その証拠に我が娘を嫁がせたり、
多くの貢ぎ物を献上したりしてご機嫌をとっている。

武田軍の最大の特徴は、よく鍛錬され統一のとれた
騎馬隊にあると言われている。

当時馬での戦いは、一騎打ちが一般的であったところ、
武田軍では密集した軍団が一固まりになって一糸乱れることなく
敵に襲いかかり、瞬時に粉砕してしまう戦法を採っていた。

敵は、成す術もなく、陣形が乱れ敗退するしかなかった。

この統率の行き届いた軍団は、最初からこのような軍団ではなかった。

信玄が心を砕いて三十年もかかって作り上げた作品である。

それは三方ケ原戦いで徳川家康に勝利した後、
死去する数ケ月前に完成したとの事である。

もともと武田家家臣団は、それぞれが自らの領土をもっている領主であった為、自負心が強く打算的な考え方をもつものが多かった。

その為、信玄の意向がなかなか浸透せず武田家が
一枚岩になることは困難な状況であったらしい。

それが信玄の若い頃からの悩みの種であった。

それを粘り強く信念をもって、家臣達に信玄の考え方や戦略を
伝えたということである。

大変な忍耐力である。

更に騎馬戦を得意とする家臣を見い出し、それを組織的運用法に変えさせ、
戦に適した馬を育て上げる仕組みをも作り上げた。

長期的視野にたった戦略であった。

目前に上洛を控えての死去!

さぞ信玄は無念であったことだろう。

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平成19年2月10日(土)

<名車スカイラインGT>

最近、日産のスカイラインがモデルチェンジして発売された。

スカイラインの最強モデルであるGTクーペは後日販売となっている。

ニューモデルにケチをつけるつもりではないが、最近の日産車のスタイルは、
会社のイメージの統一性ということでは評価できるが、
余りにも欧州を意識したデザインになっているような気がする。

日産に合併されたプリンス自動車の頃のスカイラインは、
個性的なスタイルで一目でスカイラインと分かったものである。

当時のスカイラインGT―Aは、スタイルもその性能を荒っぽいものであったが、
その2000cc高性能エンジンは当時としては
他社にはない圧倒的な性能をもっていた。

もともとR380というレーシングカーのエンジンがベースとなっているので
当然と言えば当然のことである。

現在のスカイラインは、スタイルも性能も飛躍的に向上しているが、
スカイラインの遺伝子を感じさせるのはテールランプぐらいである。

スカイラインファンとしては、これぞスカイラインという車の登場を期待したい。

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平成19年2月9日(金)

<記事盗用問題>

このところ、マスコミ関係の不祥事が目立ちすぎるようだ。

TV報道で問題を起こして、いまその事後処理している最中に、
今度は新聞報道で問題を起こした。

朝日新聞社のカメラマンの取材記事が他社記事の盗用であることが発覚した。

とても信じられない事実である。

新聞社というと所は、記事を書くことについて、その取材から記事にして
編集するまで厳しいチェック作業をしている所だと認識している。

記事を書く事について、まさしくプロであるはずである。

その為に厳しい訓練を受けていることは間違いない。

プロであるはずの新聞社の人間が、他社の記事を盗用するということは、
記者としての誇りを捨ててしまったとしか言いようがない。

また読者の信頼をも裏切ってしまった。

何か人間としての大事な部分が欠落しているようにも思える。

他人の不幸には、世間の目を引くために必要以上の取材をしているが、
返ってそのような高慢な姿勢が、
自分に対しては無意識に甘くなっているのかも知れない。

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平成19年2月8日(木)

<宮崎県立総合文化公園>

宮崎神宮に隣接して宮崎県立総合文化公園がある。

広々とした敷地の中に、県立芸術劇場、県立美術館、県立図書館があり、いずれも立派な建築物であり、多くの人々に利用されている。

また敷地内には、広々とした芝生、整備された歩道、樹齢を重ねた種々の樹々があり、訪れた人たちの憩いの場となり、ウォーキングコースとなっている。

休日には、家族連れやカップルで振わい、駐車場も一杯である。

この公園は、もともと宮崎大学農学部・畜産部のキャンパスであった所である。

その校舎は戦前に建てられたと思われる二階建ての古びた建物であった。

更にキャンパス内には、至る所に樹齢を重ねた樹々が鬱蒼としていて、
夜間歩くとうす気味悪い雰囲気があった。

しかしその樹々は現在の公園内に移植されて
人々の眼を楽しませ癒してくれる貴重な存在となっている。

近代的な建物と歴史を感じさせる樹木が見事に調和した公園である。

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平成19年2月7日(水)

<老いた梅の木の見事な花>

庭に老いた梅の木がある。

 かなり年数を経ている梅の木である。

もともと別の土地にあったものを、十年くらい前に移植したものである。

移植した当初は、根付くかどうか心配していたが、
何とかこの土地に慣れ根付いてくれたようだ。

例年花をつけてくれるが、今年は今迄以上に見事に咲いてくれた。

梅の木全体が白っぽく見える程である。

この梅の木は、その時代時代の色んな風景を見てきたに違いない。

その風景を語ることはできないが、
自分の姿でその事を表現しているかのように見える。

活発で熱気溢れる風景。

怒り心頭で爆発しそうな風景。

明るく楽しげでウキウキしている風景。

悲しみと寂しさで沈んでしまった風景。

それでもこの老いた梅の木は、そんな事を口にせずに
見事な花を咲かせて目を楽しませ、気持を和ませてくれる。

何も言わないその姿に存在感がある。

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平成19年2月6日(火)

<風林火山―雪斎>

NHK大河ドラマ「風林火山」で雪斎和尚が登場してくる。

この人物の詳しい経歴は分からないが、
今川義元の軍師的な存在であったらしい。

今川家の軍法は、この人が作り出し、戦術も裏で指揮をしていた。

雪斎和尚には悲願があったらしい。

それは、戦乱の世を早く終わらせ、その時代の最大の被害者であった
民衆の苦しみを早く解放させるというものであった。

今川義元にそれを実現してもらいたく、その指南役を引き受けた。

しかし雪斎和尚の願いは、思いの外裏切られることとなった。

義元は、育ちが京都であった為か、京の雅びさに憧れ
雪斎和尚の願いとは程遠い精神構造の人物であった。

当時、竹千代(後の徳川家康)が人質として今川家に預けられていた。

和尚は、竹千代のもつすぐれた素質を見い出して、
自らその教育に当たり将来に希望をつないだ。

そして徳川家康は“欣求浄土”の旗印の下、
見事に和尚の悲願に応えることができた。

この事実は、偶然なのであろうか。

必ずしもそうとは思えない、運命的な出会いを感じる。

人質時代の家康は、何時殺されるやもしれぬ身寄りもいない
見知らぬ土地で過ごさなければならない不遇の立場であった。

しかも幼少でもあり、その心細さは並大抵のものではなかっただろう。

そのような時、唯一親身になって自分の事を真剣に考えてくれる人がいたら、
その人を全面的に信頼するのではなかろうか。

家康は律儀の人という事で知られているが、幼少時から
そのような性格であったから、雪斎和尚の言う事を
素直に全てを受け入れたのかもしれない。

そして一生を通じて、その約束を忠実に守り実行したのではなかろうか。

自らを厳しく律し、平和な世の中にするという約束を。

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平成19年2月5日(月)

<チキンラーメン>

日本人が発明したもので、世界中で評価を受けている
代表的なものはインスタントラーメンとカラオケである事は余りにも有名である。

その世界初の即席麺を開発した日清食品の創業者である
安藤百福氏が一月五日に逝去された。

享年96歳。

安藤氏は、戦後の食糧難時代を体験され、屋台のラーメンのような
食品を手間をかけず手軽に食べられるようなものは
出来ないかと考えられたそうである。

当初は、自宅の庭先に掘立小屋を作り、そこで
沢山の試作品を次から次へと作っては試食するの繰り返しをされ、
遂にチキンラーメンを完成することができた。

昭和33年の事である。

その後も、種々のインスタントラーメンを開発され、
その中でも発泡スチロール製容器と一体となったカップヌードルは、
世界的大ヒットとなり、今も世界中の人々に食べられている。

勿論非常食としても。

安藤氏のこの社会的貢献は、いくら賞賛しても足りないくらいである。

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平成19年2月2日(金)

<プロ野球―春のキャンプ>

今年も、二月に入ると例年と同様にプロ野球のキャンプがここ宮崎で始まった。

ソフトバンクホークスは、生目の杜のアイビースタジアムで
読売ジャイアンツは、県立総合グランドである。

ソフトバンクホークスの王監督が、回復しつつある元気そうな顔で挨拶をしていた。

小久保選手のユニホーム姿を見ると、やはりソフトバンクホークスの
ユニホームの方が小久保選手の人間性と合っているような気がするのは
贔屓目からか。

今年のソフトバンクホークスは、ファンの為には勿論のこと、
王監督の為に優勝してほしいものである。

他方、読売ジャイアンツは、小笠原選手をFA取得したが、
戦力的にはどんなものだろう。

それ程変わり映えしていないような気がするが。

ジャイアンツは、選手よりも球団の体質そのものに
問題があるような気がしてならない。

若き頃の長島選手や王選手が、現在と比べると
貧弱な施設であった宮崎県営グランドでキャンプとしていた頃の
ジャイアンツとは何かが違うような気がする。

ファンの為にも溌剌としたジャイアンツに戻ってほしいものである。

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平成19年2月1日(木)

<宮崎神宮の境内>

宮崎市中心部から、北に向かって十分位の所に宮崎神宮がある。

その境内は、種々の樹々が鬱蒼として、この神宮独特の雰囲気を感じさせる。

それでも現在は、随分境内の整理が進んで以前に比べたら
樹々の数は少なくなっている方である。

以前は密林とまで言わなくても、境内全体が樹々に包まれていた。

当時の子供たちにとっては、格好の遊び場であった。

樹々の間に自分達の秘密の棲み処を作ったり
そこにいろいろな物を保管したりしていた。

またある時は、そこの樹を利用してターザンごっこをしたり
竹を利用してのチャンバラごっこをしたりした。

現在は存在しないが、当時あった池で魚釣りをしたり、
イカダを作って遊んだりもした。

宮崎神宮は、ここで遊ぶ子供たちを静かに見守っていた。

現在、子供達の姿を余りみることがないので
寂しく思っているのではないだろうか。

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