Q&Q日記!  宮崎の風景・時事雑感・食べ物所感・歴史所感・映画・TV所感・スポーツ所感等々を書きます。

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2 0 1 1 年 3 月

平成23年3月31日(木)
 
  < セーラー万年筆 >


セーラー万年筆は日本で初めて万年筆を製造した
会社である。

1911年に創業。

文具工場の経営に携わっていた人物が、英国留学
から帰国した知人の海軍士官からみやげに万年筆
を贈られた事が万年筆製造をするきっかけとなった。

当時、筆記用具はまだ硯と筆が主流で思うように
販売が伸びなかったが、海軍への納入が認められ
その後、事業は徐々に軌道に乗った。

ブランド名の「セーラー」は、海軍とのゆかりから船を
動かす数多くの水兵のことを思い採用したという。

ちなみに1918年に創業したパイロット万年筆の
ブランド名の「パイロット」とは水先案内人という意味
があり、ライバル企業のセーラー万年筆に対する
対抗意識の表れとも言われている。

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平成23年3月30日(水)
 
  < 田原坂 >


明治10年2月、西郷隆盛以下約13000名の
兵士が鹿児島を出発し「西南の役」が勃発。

3月4日から20日にかけ、薩摩軍と政府軍は、
ゆるやかな坂道を舞台に血みどろの死闘を演じた。

1日約32万発もの小銃弾が飛び交い、死傷者は
両軍合わせて4000人を出した。

世に言う“田原坂の戦い”で「西南の役」最大の
激戦地となった。

それから134年。

熊本市は発掘調査を行った田原坂公園内で薩摩軍
の塹塚跡を発見した。

さらにここから当時最新式であったスナイルド銃の
薬莢を掘り出した。

これまでは、薩摩軍の装備は旧式先込めのエンピール
銃とされ、政府軍より装備が劣っていたため、この戦いに
敗れたとされていた。

今回の発見でその常識が覆され、他の原因で敗北した
こととなった。

銃弾の補給力の差かも知れない。

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平成23年3月29日(火)
 
  < 「頑張りすぎないで」 >


人を励ます時、何気なく「頑張って」と言う事が多い。

東日本大震災の方々には家族や家を失った方
も多くおられる。

その方々に向って「頑張って下さい」という言葉は
そぐわないような気がする。

「頑張って」は便利な言葉ではあるが、頑張り=ファイト
になり、気合いを入れて戦って下さいになり、励ましの
言葉ではなく苦痛を伴う言葉になる。

今、日本だけでなく世界中の人たちが被災地に向けて
応援と励ましのメッセージを送っている。

気力だけで乗り切れる期間には限界がある。

「頑張って」と励ましの言葉を受け止められない多くの
人たちがいるに違いない。

そのような被災者の方々には、「頑張りすぎないで下
さい」という言葉の方がふさわしい。

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平成23年3月28日(月)
 
  < 「津波てんでんこ」 >

終戦後間もない12月に起こった昭和南海地震の
津波では30代の女性の死者が多かったが、
それは乳幼児を連れ出そうとして避難が遅れたため
とされている。

今回の津波も子や老いた親を連れ出そうと逃げ
遅れた人たちがいる。

一方、海辺の人を助けようと自ら波にのみこまれた
警察官、防災放送で最後まで住民に非難を呼びか
けて建物ごと流された町職員、高齢者を避難させよ
うと巡回中に行方不明となった民生委員。

身を賭しての職務遂行にも津波は非情であった。

三陸地方には「津波てんでんこ」という言葉がある。

津波のときだけはてんでんばらばら、親子と言えども
人を頼りにせず、走れる子どもは一目散で逃げろ、
そして一家全滅、共倒れになることを妨げという
教えだ。

今回の惨禍にあっても人のいたわり合いや助け合い、
ボランティア活動への献身が被災地を支えた2週間で
あった。

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平成23年3月26日(土)
 
  < 習い事 >


今どきの子どもたちは、とにかく忙しいようだ。

幼稚園や小学校から帰ると直ぐに習い事に
向うという。

家に寄らずにそのまま向かうことも珍しくない
ようだ。

スイミングにピアノに英会話。

サッカーにバレエそして体操教室などが多いという。

またスター選手の影響もあって、フィギュアスケートや
ゴルフスクールも流行しているようだ。

しかし相変わらず根強い人気をもつのが習字
だという。

パソコンや携帯電話という便利な道具が身近に
ある時代だからこそ、逆に習字で文字の基礎を
学ばせたい親が多いということだ。

また集中力をつけさせるため、数字に強くなってほしい
という親の願いから、そろばんの人気も不動のようだ。

習字、そろばんは、昭和の時代でも習い事の代表格。

この二つの習い事は永遠に不滅かも知れない。

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平成23年3月25日(金)
 
  < 京とれいん >


阪急電鉄は19日に新型の観光特急「京とれいん」の
運行を始めた。

京都-大阪間では鉄道輸送を担うJR西日本や
京阪電鉄も輸送力の増強や特急の増発を予定
しており、3社間の競争が一段と増しそうだ。

「京とれいん」は、外装に金銀の「京扇」を描き
車内の至る所に創作和紙を飾って高級感を
演出している。

座席定員が各38人の3~4両目のデッキには、
格子戸風の飾りで京町屋にある玄関の雰囲気を
出し、背もたれや座面に畳みを使用していると
いう。

阪急電鉄カラーのあずき色に金銀のダイナミック
な扇は印象深く見える。

梅田-河原町間4往復とのことだ。

鉄道ファンだけでなく一般観光客の注目を浴びる
のは間違いない。

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平成23年3月24日(木)
 
  < 昭和33年 >


3月18日、東京スカイツリーが目標の高さである
634mに到達した。

3月11日の東北地方太平洋沖地震と余震にも
損傷を受けることなく完成した。

2013年には現在の東京タワーに代わってテレビ
放送が開始予定。

東京タワーは昭和33年に完成した。

戦後復興も一段落し、いよいよ日本経済が加速を
つけて走り出そうとしていた頃だ。

その頃に東京タワーが完成し、当時世界一となり、
多くの日本人に勇気と誇りを与えてくれた。

この東京タワーの高さが333m。

何故この高さになったのかは知らないが、エッフェル塔
より高くということで、この高さになったに違いない。

この昭和33年に巨人に入団したのが長嶋で、その
背番号は3.

昭和33年、333m、3。

3とういう数字がサンサンと輝いていた年であった。

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平成23年3月23日(水)
 
  <田野町その2>


全国有数の干し大根の生産地として知られる
宮崎市田野町。

鰐塚山を越えて乾いた西風が吹き下す環境を生かし
昭和30年代に始まった。

毎年11月になると大根を干すため高さ6メートル、
長さ15メートルくらいのやぐらが建てられる。

白い大根が整然と並ぶ光景は冬の風物詩となって
いる。

天神ダムの完成により、農業用水の確保ができ
キュウリやトマトなどの施設園芸農業も増えて
きているという。

野球場やテニスコート、弓道場などが整備された
田野運動公園や田野体育館なども乙地域に
集中している。

一方、小子化の影響から鹿村野小学校が2008年
に廃校となった。

小子化とともに高齢化も急速に進んでいる田野町で
ある。

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平成23年3月22日(火)
 
  <日本製日用品>


最近ヨーロッパでは日本製の小物やインテリア製品など
日用品の市場を開拓する動きが盛り上がっているという。

その一例として
「絞り」の技術を利用しての様々な意匠のバックや
小物入れ。

使わないときは手のひら大の小さなしゃれたバックが
物を入れると大きく広がる。

もともと「絞り」は染色の際に布地と糸できつく縛ることで
模様を描く技術だが、これを布地の立体加工に応用
した最新技術である。

もう一つの例として
竹炭でできた脱臭機能をもつ置物。

多孔質の炭素から成る竹炭は空気中のおいて成分を
吸収する機能があり、それを特殊な構造にして空気に
触れる面積を大きくして高い脱臭、調湿効果が見込める
ようにしたもの。

これは自動車の触媒製造技術を活用したものだという。

この二例で分かるように日本の先端技術を駆使しての
ハイテク日用品にヨーロッパの人々の目が向いて
いるようだ。

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平成23年3月19日(土)
 
  <頑張る高校生>

連日、新聞もTVも東日本大震災の被害情報を
報道している。

その被害状況のすさまじさには何とも言いが難い
気持にさせられる。

被害にあわれた方々の気持はいかばかりかと
察せられる。

そんなつらいニュースの中で感心させられる
ニュースを観た。

人口約1万5000人の岩手県大槌町。

津波にのみ込まれた町長ら幹部の多くが安否不明
となり、庁舎は骨組みと外壁だけが残った。

家を流されて避難所で生活している高校生たちが
自主的に炊き出しやトイレ掃除などを手伝って非難
してきた人を助けているという。

親兄弟、友人たちの安否を気にしながらも、気丈に
働らく高校生たちに拍手を送りたい。

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平成23年3月18日(金)
 
  <身を賭して >

東日本大震災の被害状況は拡大の一途をたどり
言葉もない状況だ。

街全体が津波にのみ込まれた約1万7000人の人口
のうち半数近くの安否が分からなくなっている南三陸町
は、町役場が跡形もなくなるほど壊滅した。

その役場別館の防災対策庁舎 (3階建て)に、大津波に
襲われる直前まで防災無線放送で住民に避難を呼びかけ
ていた女性職員がいたという。

その女性職員は町危機管理課に所属していて、地震
発生後も避難せず庁舎に残って地震直後の津波発生
による避難を呼びかけた。

その声を聞きながら高台に避難したという住民は
高台への道路を上がる時、津波が家屋や車をなぎ
倒しながら迫ってきたという。

町職人で助かったのは10人。

その中に女性職員の姿はなかったようだ。

身を賭しての職務遂行に心からご冥福をお祈り
致します。

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平成23年3月17日(木)
 
  < 鳩 >

会社の植木の枝に巣を作り、卵を温めている鳩が
いる。

先週、鳩が枝をくわえて植木との間を往復している
姿を見かけたが、その時は巣作りに励んでいた
のだ。

セキレイも同様だが鳩も巣作りの最中には、人に
対して全くと言っていいほど警戒をしない。

人が歩いている傍を平気で横切る。

巣についても同様のことが言える。

地面からは見えにくいが、階段の踊り場の目と鼻の
先に巣を作っているため、丸見えである。

人間の気配を感じているはずだが、微動だにせず
卵を抱いて温め続けている。

この敷地内にいる人間は安全であると思っている
のだろうか。

昨日も雨に濡れながら卵を抱いていた。

間もなく可愛いヒナが姿を見せるに違いない。

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平成23年3月16日(水)
 
  < 危機下のメッセージ >


福島原発で大変な事態が進行している。

TVニュースの解説者が種々の専門用語を使っている
ため、理解できにくいこともあるが、原発現場が混乱して
いるのは間違いない。

対応が後手後手に回り事態をより深刻化させているような
気がしてならない。

冷却するための海水注入ももっと早い段階でできな
かったか。

それにしても、この未曽有の巨大地震がもたらす相次ぐ
危機に、今の政府は有効なメッセージを出そうとしない。

この最大の危機的状況下でリーダーシップを発揮
しないで、何時発揮するのか。

原発のみならず東電も浮き足立っている。

原子力行政の見直し、株、長期金利、為替、原油等
などの市場対策はどうなっているのか。

無能の内閣と言われても仕方がない。

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平成23年3月15日(火)
 
  < М9.0 >


11日に観たTV画面には信じられない光景が映し
出された。

のどかな田園地帯を走っている車があっという間に
消え、海岸に近い住宅街や畑地を一気にのみこんだ。

ビニールハウスや整然と区画された畑地帯をまるで
生き物であるかのような大津波がおおいかぶさった。

大津波はあっという間に押し寄せ、各港ではフェリー
や漁船、車などを軽々と持ち上げて押し流した。

翌日のTV画面も悲惨だった。

住宅地であった所が一面がれきの山となり、残った
3階建ての建物の屋上にクルマが載っていた。

防災対策をしていたはずが、その想定をはるかに
超えたМ9.0.

大自然の前に人の無力さを感じた。

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平成23年3月14日(月)
 
  < 飛びます跳びます >

「コント55号」の坂上二郎が亡くなった。

享年76歳。

1966年、萩本欽一を誘い「コント55号」を結成。

舞台を激しく動き回る欽ちゃんと、とぼけた二郎さんとが
掛け合うコントが注目を集め、TVを通じて人気者となった。

人気絶頂期の1969年には「コント55号!裏番組を
ブッ飛ばせ!!」では、従来のカメラの枠を無視し
縦横無尽に跳ね回る斬新なコントを繰り広げた。

「コント55号」のコントは、欽ちゃんがおおまかな筋書きを
考え、多くはアドリブだった。

例の「飛びます 飛びます」も欽ちゃんの突然の突っ込みに
二郎さんが苦しまぎれに出したセリフだ。

その時の二郎さんの表情と動きに何とも言えない
おかしさがあった。

二郎さんのあの「イーヒッヒ・・・・」という甲高い笑い声は
もう二度と聞けない。


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平成23年3月11日(金)
 
  < フノリ >

フノリ( 布海苔 )は、紅藻類フノリ科の海藻で日本各地の
岩の多い海岸に生息している。

2月から4月にかけてが採取機で、寒い時のものほど
風味がよいといわれる。

採取されたフノリの多くは天日乾燥され市場に出回るか
少量は生のまま、または塩蔵品として出回ることもある
ようだ。

乾燥フノリは数分間水に浸して戻して、刺身のつまや
味噌汁の具、そばのつなぎなどで用いられている。

最近、フノリはダイエット食品としても注目され、フノリの
成分を使った健康食品も開発されているという。

一方、フノリは古くには食用としてよりも糊としての
用途の方が主であったようだ。

漆食の材料や織物の仕上げの糊付けに使われた
という。

科学糊の普及で、その活躍が少なくなっているが意外
なものに使われている。

力士の廻しに付いている下がり。

これが固まっているのはフノリのおかげだという。

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平成23年3月10日(木)
 
  < チンチン電車 >


6月から数月間、車輌を花や電飾で包む「花電車」が
東京で33年ぶりに復活するとのことだ。

8月に創業100年を迎える東京都交通局の
記念事業として荒川線を走るそうだ。

今の都営では唯一の路面電車である。

かってはチンチン電車と呼ばれて親しまれ、都内を網の
目にように走っていた。

クルマ社会となって邪魔もの扱いされていたこの路面電車
が見直されているという。

銀座と晴海をLRTという次世代型の電車で結ぶ
計画があるようだ。

地下鉄に比べて建設費が安く環境に優しいというのが
その理由という。

さらに最近注目されているのはレールに沿って敷地内
を芝で覆う緑化事業。

真夏のヒートアイランド現象を迎え、騒音を減らす効果が
あるという。

路面電車と緑の道が今後の交通手段となるかも知れない。

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平成23年3月9日(水)
 
  <歌 「吉都線」 >


九州新幹線の全線開業を機に大阪の繁華街
「宗右衛門町」と南九州の交流を活発にしようと、ご当地
ソングの大ヒット曲「宗右衛門町ブルース」をロック調に
アレンジしたカバーCDとともに「きっと来てね」という歌い
出しにちなみ、新たに作ったバラード「吉都線」を収録
したCDが発売されるという。

「吉都線」の歌詞には、「白鳥が飛ぶ狭野の森、神代の
時代の人の吐息、感じて列車は走る」など沿線の風景や
歴史が織り込まれており、古里の情景が浮かぶ内容に
仕上がっている。

新燃岳の噴火被害に苦しむ沿線住民に元気を出して
ほしいとの思いも込められている。

今後は吉都線の沿線自治体と宗右衛門町商店街の交流、
沿線の特産物を宗右衛門町の飲食店街で販売すること
なども計画しているという。

ちなみにこの「吉都線」の作詞、作曲は宮崎市出身の
山上セイさんとのことだ。

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平成23年3月8日(火)
 
  < 「啓蟄」 >


6日は暦の上で「啓蟄」。

冬ごもりの虫か゜地表に現れる頃とされている。

「啓」はひらく、解放するの意味、「蟄」は冬ごもりのために
虫が土の下に隠れるという意味があるということだ。

この「啓蟄」という文字を初めて目にしたとき、書くことは
もちろん読めなかった。

意味も分からなかった。

以前からこの文字が使用されていたかも知れないが
目に止まることもなかった。

まだ春の陽気とは言えない寒さが残る日が続いている。

新燃岳、島インフルエンザと次から次へ自然の脅威に
さらされている宮崎。

何故宮崎だけが?という気分にもなるが自然に対して
は無力である。

温暖化など地球規模の気候変動も、その小さな身を
もって教えてくれる生きものたちの営みである。

絶滅種の増加や冬の気温上昇で「啓蟄」という文字が
消えてしまう未来であってはならない。

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平成23年3月7日(月)
 
  < 江戸時代の科学、技術 >

鎖国をしていた江戸時代は、前近代というイメージがあるが
実際は早くも科学技術が開花期を迎え、限定的とはいえ
いくつかの分野で国際水準に非肩しうる実績を残している。

その代表例として、関孝和は和算の確立に貢献し「発微
算法」という数学書を残しているが行列式の概念では
ライプニッツに10年先駆けて提唱していたとされている。

和算が単に学問としての数学の域にとどまらず、計算の
面倒な太陰太陽歴の作成や、日本独自の不定時法
採用時計技術にも活用されている。

江戸時代の長崎、出島のオランダ商館長がこの時計
に非常な興味を示したという。

日本刀の誕生期が平安時代中期で、その頃「鎬(しのぎ)
造り」で反りの付いた太刀がすでに考案されていた。

今の日本の金属機械技術の原点が、この時代にある
のは間違いない。

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平成23年3月5日(土)
 
  < 博多駅ビル >

3日、新博多駅ビル(JR博多シティ)が開業した。

2007年3月に博多井筒屋が入居していた駅ビル、博多
ステーションビルが解体され、阪急百貨店や東急ハンズ、
シネマコンプレックスが入居する新ビルが建設された。

リニュアールした博多駅ビルは、通算で4代目。

初代博多駅は1889年、現在地から北西に約600
メートル離れた祇園町に完成。

1909年には2代目が完成。

駅舎はれんが造りのルネサンス様式で見物人が絶え
なかったという。

戦後になると、更に大型の駅舎が求められ1963年
に現在地に移転し、3代目となる駅ビルが開業。

そして4代目は5年を歳月をかけ旧ビルの約6倍の
床面積に商業施設が入居する「JR博多シティ」として
誕生。

3月12日に九州新幹線が全線開業する。

今まで以上に乗降客が増え、ビルの名称どおり一のシティ
として活況を呈するに違いない。

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平成23年3月4日(金)
 
  < 中古品売買 >

昨年秋、博報堂買物研究所は「中古品の売買意識」
を調査し、先月その結果を公表した。

それによると20代~60代の男女全体の6割強がこの
1年で中古品売買専門店やインターネットオークション等
を利用した中古品売買の経験があるという。

20代、30代、40代の役7割、50代、60代でも半数
近くの人が中古品売買をしているようだ。

ブックオフなどの中古品専門店やヤフーなどネット
オークション。

こうした店舗やサービスの普及が背景にある。

品目ではどの世代も本が首位だが、中高年では女性
衣料品や生活雑貨が上位に食い込んでいる。

若者と女性を主役に新たな物のリサイクルが育ち始め、
中高年がやや取り残され気味ということか。

リサイクルでは、江戸時代は生活の一部であり多くの
古着屋が店を構え、和紙は何回もすき返して再生して
使い、金属は包丁から釘に至るまで回収されていた。

リサイクルも一の回帰現象かも知れない。

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平成23年3月3日(木)
 
  < ある若手政治家の言 >

現在ほど既成政党に対する不信感が高まったことは
ないのではないか。

その発言の軽さ、無責任さがその国会答弁から
みえてくる。

その中で、最近ある若手政治家の主張が目に
止まった。

民主党は緊急避難的に設営された仮設住宅のようなも
ので、自民党は長年改修を重ねた古家のようなもので、
いずれも一旦壊して基礎工事からやり直す必要があると
語っている。

さらに仮設住宅と古家のどちらが住みよいかを争って
いる場合ではなく、新しい大きな家を建てるのが一番
合理的であると。

幕末には脱藩浪士が政治を動かす核となったが、今
必要なのは脱党浪士となっても国家の運命を優先して
考えられる人材であると主張している。

この若手政治家は、どの政党にも属さない無所属であるが
日本の政治家にもこんな若手政治家がいたことに
日本の政治に少なからず希望を抱くことができた。

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平成23年3月2日(水)
 
  < ジャンボ機 >

28日、「ジャンボジェット」の愛称で親しまれた日航の
ボーイング747-400型機がラストフライトを迎えた。

「ジャンボジェット」は一部2階建てで500人超を輸送
でき、2005年にエアバス社のA380が登場するまで
世界最大の旅客機だった。

日航は1970年、羽田ーホノルル線でジャンボ機を
初就航。

1980年代に大量発注し一時は保有機材の70%
がジャンボ機だった。

日航がジャンボ依存を強めたのは羽田、成田の発着枠
が需要に比べて少なく、一度に多くの貨客を運ぶ
必要があったからだ。

しかし、2008年に原価価格が1990年に比べ7倍
まで急騰したため、ジャンボ機の燃費の悪さが経営を
圧迫。

さらに搭乗率も悪化し座席数の多いジャンボ機は日航
の非効率経営の象徴となった。

高度経済成長時代を支えたジャンボ機はその時代が
去るとともに自らも去って行った。

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平成23年3月1日(火)
 
  < 田野町 >

南に鰐塚山を頂き、豊かな森林と肥状な農地が
広がる田野町。

北東から南西に延びる境界線の南北に二つの地域
が広がる。

このうち南側に位置する「甲」地域の歴史は古い。

鰐塚山のふもとの台地で発見された本野原遺跡が
証明するように大昔から人が住んでいたとみられる。

縄文時代後期の集落跡であるこの遺跡では、1000以上
の堅穴住居跡が確認されている。

国道269号、宮崎自動車道、日南高岡線の3道路が
交差する交通の要所という利便性の良さから、宮崎
自動車道沿いにはハイテク企業が進出している。

次世代太陽電池で急成長しているソーラーフロンティア
の第1工場も操業している。

穏やかな環境のせいか、住民の気質はおっとりして
人懐こいという。

旧市街地と田野町は今も時間の流れが違い
ゆったりとしている。

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