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2 0 1 3 年 1 月

平成25年1月31日(木)

< 朝鮮漬け >


朝鮮漬けと聞いて思い浮かべるのはキムチ。

しかし、県北では塩漬けした大根を乾燥させ、味付けした
ものを指すのだという。

先ずは皮をむいた大根をかまぼこ板のような形に切り、
上部に穴を1カ所ずつ開けたものをいくつも作る。

その穴に裂いたシュロの葉を通し二つ1組なにるように
結び付け、これを何組も作る。

それを桶に入れて塩をまぶし、重しを載せる。

4~5日して水分が出たら、物干しざおに掛けて乾燥。

干して1カ月ほどすると、塩漬け前の4分の1ほどの重さに
なり、ビニール袋で包み缶にいれておけば変色はする
ものの1年は持つという。

食べるときは水に漬け、酢や醤油、みりんで味を
付ける。

それにしても、なぜ朝鮮漬けというのか。

朝鮮半島にあった古代国家・百済の王族が亡命した伝説
が残る南郷。

朝鮮漬けは王族が半島からもたらしたものか。

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平成25年1月30日(水)

< 水 島 >


日南市南郷町大島の南南東約1.5キロに浮かぶ周囲
約400メートルの岩礁「水島」。

イシダイ、イシガキダイ、クエ、メジナ、イサキ、アジ、サバ、
カンパチ、ブリ・・・・・・・。

水島は高級魚の宝庫で大型も多く釣れ、超A級ポイント。

水島は大きく分けて六つの大岩から成り、北側から一、
二、三、四瀬、五番、六番と呼ばれ高い所は海面から
約8メートル。

水島での釣りが最盛期を迎えたのは昭和50年代。

高級魚であるヒラマサ釣りがブームとなり、当時、周囲
約200メートル足らずの一瀬に約40人が上陸し、肩が
触れ合うような状態で釣りをすることもあったという。

現在、水島への渡し船は2隻。

午前4時半に南郷町内の港を出発し、各船に割り振られた
周辺の瀬に釣り人たちを降ろし、午後3時半頃に回収。

最近は若い釣り人が増えるなど、再び脚光を浴びつつある
ようだ。

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平成25年1月29日(火)

< ファミレス >


自宅ではお目にかかれない西洋料理が手ごろな価格で
食べられるファミリーレストランが産声を上げたのが
昭和45年。

大阪万博の年。

外食元年と呼ばれている。

今、甲州街道沿いにあるガスト国立店がすかいらーくの
1号店。

今では外食チェーンが林立する立地だが、すかいらーく
国立店開店当時、周囲は麦畑。

同じ頃、大阪万博でステーキハウスなどを出店したのが
ロイヤル。

同時期に誕生した2社は、米国流の経営を参考に外資
の本格参入に備えて経営の近代化に努めた。

27年後の1997年、外食産業の市場規模は15倍と
なり、すかいらーくは日本一を達成。

時代の流れで、高齢化社会となり高齢化などに
対応した地域社会にふさわしいレストランを目指そうと
している。

家族の形が変わるようにファミレスの姿も大きく変わり
ざるを得ないようだ。

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平成25年1月28日(月)

< 寒 >


小寒から節分までの約30日間が一年で最も寒いとされる
寒の内。

今も行われる武道の寒稽古、昔の芸事の寒声など寒中
の鍛錬は精神を集中させるとされてきた。

春から始まる次の一年の飛躍が仕込まれる厳寒期。

寒試しというのは昔の東北地方などの天候占い。

昔の人は寒の内に一年の気候が凝縮されていると考え
寒中の天気の推移でその年の気候や作柄を予言したと
いう。

その寒中の今の日本列島は上空に強い寒気が入り、
29日頃まで冬型の気圧配置が続くようだ。

気象庁は日本海側の大雪などに警戒を呼びかけて
いる。

寒稽古が厳しいほど飛躍は大きく、積雪が深いほど
豊かな実りがもたらされる・

厳寒に耐えて春を迎える心の弾みを昔の人に学び
たいものだ。

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平成25年1月26日(土)

< 旧鯨組主中尾家屋敷 >


現在はイカの町として知られる唐津市呼子町。

同町では1961年まで捕鯨が続けられていたようだ。

呼子港に面して建つ「中尾家屋敷」は、1711年から1877年
まで8代にわたり漁師を率いた鯨組主の豪邸跡。

当時の敷地面積は現在の約2倍の3000平方メートルで、
白壁の2階建て母屋が残っている。

直径35cmの大黒柱や高さ9mを超える吹き抜けが特徴的
で、全11部屋の半分ほどは打ち合わせや応接用に使った
ようだ。

事務所棟て゜ある勘定場や、殿様や文人をもてなした「殿見
の間」と呼ばれる建物もあったようだが、今はない。

呼子港から6キロ沖合にある小川島には鯨の群れを観察
した見張り所や鯨の供養塔などが残る。

中野家が屋敷を手放した後、呉服販売店として使用された
時期もあったようだ。

今は捕鯨の歴史を伝える資料館として生まれ変わった。

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平成25年1月25日(金)

< エコツーリズム >


串間市が、エコツーリズム推進協議会設立に向けて準備
組織を立ち上げるそうだ。

エコツーリズムとは、観光資源を守り育て、活用し地元経済
も潤す観光を目指す考え方。

大型バスで大挙押し寄せるような従来型ではなく、観光ガイド
による小規模で体験を重視するような形で、近年注目を
集めているようだ。

串間市は30キロ圏内に国の天然記念物である野生の
サルとウマが見られる環境があり、さらに昨年、九州最大
規模のテーブルサンゴが確認された。

観光資源を見るだけでなく、自然に触れたり、感じたりする
要素を大切にしているという。

取り組みは始まったばかりだが、都会の人のシビアな
ニーズを正確に認識し、それに応えられるような受け入れ
態勢を整え、発信できるかにかかっているとのことだ。

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平成25年1月24日(木)

< 宮崎大橋 >


宮崎市の国道10号線の一部で、宮崎市街地と大塚町を
結ぶ宮崎大橋。

上下線が分離した橋で、昭和32年に下り線が、昭和62年に
上り線が架設。

下り線が開通したことで、唯一の幹線道路であった橘橋の
交通の流れが宮崎大橋に分散され、県立病院西側の市街
地が大きく発展。

宮崎大橋は、大淀川初の永久橋として昭和7年に誕生した
橘橋に次いで25年ぶりの永久橋となった。

その間、赤江橋、高松橋、本町橋、小戸之橋などが木製橋
として架設されたようだが、台風や災害のたびに流失と
架設を繰り返してきたようだ。

宮崎大橋下り線の架設は、当初、昭和29年に崩壊した
高松橋の復旧が目的だったそうだ。

それが、上流500メートルの高千穂通りの延長線上に
変更されたため、新たに宮崎大橋と命名されたようだ。

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平成25年1月23日(水)

< 0番線ホーム >


日本各地の鉄道駅には、0番線のホームがある。

その多くは後から敷いたローカル線のために付け足した
乗り場。

地域が発展して乗客が増えるにつれて、駅は1番線、2
番線と順に大きくなる。

何かの都合で1番線の手前に線路が増えると0番線の
ホームができる。

豪雪地帯にある越後湯沢駅にも0番線があり、北陸の
町を結ぶ「ほくほく線」の普通列車が乗り入れる。

新幹線や在来線の長くて立派な列車が目立つ中で、
2両編成のワンマンカー。

新幹線の到着を待って発車するから、大雪では遅れが
出る。

遅れても、ほくほく線は決して止まらないそうだ。

雪が多い日は、深夜0時から明け方まで運転士以外の
社員が全員で除雪作業にあたるという。

地域の暮らしを知り尽くしている鉄道。

そんなローカル線が、日本各地にあるに違いない。

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平成25年1月22日(火)

< ワイヤーレコーダー >


福岡工業大学の「音とモノづくりの歴史資料館」の一角に、
カセットテープレコーダーの前身とされる磁気録音機
「ワイヤーレコーダー」が並ぶ。

鋼線式録音機ともいわれ、針金のような極細の鋼鉄線に
音を記録。

糸巻きのように、ヘッド部分を器用に上下させながらムラ
なく巻き取っていく仕組みだという。

第2次世界大戦時には軍事用に開発。

米海軍は戦闘機に搭載し、搭乗員の会話や無線交信
を記録。

水に浸しても腐食しにくい特性を生かしフライトレコーダー
のはしりでもあった。

戦後、米国では結婚式やパーティなどで使用。

ただ、人の声ははっきりと録音再生できるものの、音楽
など高音機には不向き、最盛期は製品化から10年
ほど。

その後は徐々にカセットテープレコーダーが主流になって
いったようだ。

同大の「ワイヤーレコーダー」は生きた教本と言える。

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平成25年1月21日(月)

< 有田橋 >


宮崎市の県道17号沿い、生目の杜運動公園近くに
大淀川に架かる有田橋がある。

長さ355メートル、幅員9.75メートルの橋て゜、昭和
62年に完成。

親柱には大淀川の流れを表現した3本の線が刻まれて
いる。

有田橋の架設には、県内では珍しい“押出し工法”が
採用されているという。

コンクリート桁を河川部に押し出し、橋脚の上を滑らせ
ながら延ばしつなげていく方法で、宮崎では初の取り組
みだったそうだ。

有田橋の南東方向には、生目古墳群がある。

2008年にオープンした史跡公園には前方後円墳8基、
円墳25基が存在。

その中には全長100メートルを超える巨大古墳もあり
古墳時代前期では九州最大の古墳群だったと言われ
ている。

古墳群では現在も発掘調査を実施、5号墳でははにわ
も見つかっているそうだ。

有田橋の近くには、朱色のトラスの柳瀬橋もある。

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平成25年1月19日(土)

< 大束の甘藷 >


串間市の大束の甘藷が全国規模の有名菓子店の
スイートポテトの原料に使われているそうだ。

大束の芋は皮の厚みがあってしっかりしている上、色艶も
いい点が評価されているという。

大束の甘藷は昭和40年、地区の農家6戸が栽培を始めた
のが始まりとされている。

火山灰土壌で水はけがいい、台風などの風水害に強い、
日持ちするため消費地から遠くても構わない、といった
理由から多くの農家が追従。

自分たちの手で品質を高め「ヤマダイ」という甘藷の
ブランドを築き上げてきた。

「赤ダイヤ」とも呼ばれる甘藷は、海を越えて羽ばたい
てくるという。

2011年に香港、台湾、シンガポールに輸出した宮崎県
産野菜約200トンのうち、8~9割は串間産の甘藷だ
そうだ。

再来年の15年、大束の甘藷が生まれて半世紀。

今後、海外の食卓にも「ヤマダイ」の味が広がって
いく時代が来るかもしれない。

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平成25年1月18日(金)

< 武雄温泉楼門 >


佐賀県武雄市の温泉街の顔として親しまれているのが
同県唐津市出身の建築家・辰野金吾の数少ない木造
建築「武雄温泉楼門」。

竜宮城のような朱塗りの門は高さ12.5メートルで
1915年に落成。

昨年10月に復元されたJR東京駅など辰野が得意とした
レンガ造りの洋風建築と同時期の作品。

2段重ねの屋根の上にはシヤチを据え、上層には回廊
も巡らせている。

設計図にはサウナや劇場なども記載。

実現しなかったものの、現在の観光レジャー施設に
つながる先進性。

楼門の背後にある桜山は岩肌がむき出しで、楼門と
ともに眺めると山水画のような風景。

完成100周年を前に今年1~8月に約20年ぶりに
塗装の塗り替え作業があるそうだ。

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平成25年1月17日(木)

< 相生橋 >


宮崎市瓜生野と跡江を結ぶ相生橋。

三連アーチが特徴の橋は昭和46年に完成。

河川敷ではグランドゴルフや散歩コースとして大淀川と
相生橋との優雅な景色を楽しむ人も多い。

初代は昭和25年に木橋として架設されたが、昭和29年の
台風で瓜生野側が流失。

その後昭和32年に復旧工事が施されたが残った跡江側の
木橋は現状のままに、流失した瓜生野側だけを永久橋と
して架け替えられたという。

車幅は初代木橋と変わらす、わずか4.5メートル。

現在、相生橋の上流に新しい橋が建設されている。

2014年度には長さ412.3メートル、幅22メートルの
橋が完成する予定。

歩行者が立ち止まって景観が楽しめるようにと、3カ所に
バルコニーが設置されるそうだ。

歩行者の憩いの場となるに違いない。

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平成25年1月16日(水)

< ピンククラウン >


新車が101万4860円。

これがトヨタがクラウンを初めて発売した時の価格。

当時の平均所得の12.5倍。

「本格的乗用車」、「堂々の国際の水準」。

カタログには背伸びして一生懸命胸を張る言葉が並ぶ。

昭和30年、日本もトヨタもまさにこれからという年。

その12年後、いざなぎ景気の真っ只中に登場した3代目
は「白いクラウン」。

豊かになり始めたファミリーがターゲットで、企業向けの
黒に対する白。

さらに45年後の昨年末に14代目がお披露目。

それが何と全身真っピンクで登場。

あの保守的で真面目な70点主義のトヨタが、万人受け
しそうもない発想を実行したのだ。

今までは最先端技術、信頼の品質、低コストにエコ。

モノづくりは極めたが、ワオッという驚きを敬遠した。

新クラウンのテーマは、生まれ変わり、再生という。

敢えてピンククラウンで挑戦するトヨタの意気や
天晴れ。

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平成25年1月15日(火)

< そば >


1年の締めくくりに食べるものと言えば年越そば。

もともとそばは、汁につけて食べるものだったようだ。

ところが江戸の元禄年間に汁のかかったぶっかけそばが
流行。

これと区別するために、従来のつけそばを「もり」と呼ぶ
ようになった。

一方のざるそばは、江戸中期にえどの深川洲崎にあった
伊勢屋というそば屋が、竹ざるにそばを盛って出したのが
始まり、これが話題となりざるそばという名が定着。

当初、もりそばとの違いは器のみだったざるそばが変わ
っていくのは明治以降。

もみ海苔がかけられるようになった。

さらに、もりそば用の汁にみりんを加えてコクを出したざる汁
が使われるように。

今では、もりもざるせいろに盛られることが多く、つけ汁も
同じ。

違いは海苔の有無だという店が多い。

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平成25年1月12日(土)

< 庵屋橋(いおやはし) >

宮崎市清武町の庵屋地区に庵屋橋という古い橋がある。

昭和40年に清武川に架設されたコンクリート橋。

現橋が誕生する以前、旧橋は木橋で昭和28年に架設
されていたが、昭和36年の集中豪雨により流失したそうだ。

木橋は当時の住民たちによる手作りだったという。

もともと庵屋地区には橋はなく、川に敷いた板の上を
渡していたようだ。

不便さから、住民たちは永久橋の架設を切望したが
実現には至らず、自力で橋を造ることにしたそうだ。

材料は各家庭から持ち寄り、やぐらを組み、ロープで
丸太を建てて橋を造ったという。

住民たちの団結力でできた、この木橋は流失したが、
8年もの間、生活道路として役目を果たしたようだ。

橋に歴史あり。

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平成25年1月11日(金)


< 喫茶店復権 >

昔ながらのフルサービスの喫茶店が復権しつつあるという。

約30年前をピークにスターバックスコーヒーをはじめセルフ式
カフェに押されるなどして衰退をたどっていたが、シニアが時
間を過ごし交流を深める場として見直されているようだ。

銀座ルノアール系列の「ミヤマ珈琲」。

店舗面積は約210平方メートルで客席数は98。

木目調の明るい店内は天井が高く、日がたっぷり着し込んで
開放感があるようにしてある。

主な客層は人口に厚みがある65~75歳。

ドトール・日レスホールデインスが出席する「星乃珈琲店」も
好調。

店内の新聞・雑誌をのんびり読む1人客や雑談に花を咲か
せる女性のグループ客など過ごし方は様々。

喫茶店は1981年をピークに減り続け、2009年には
半減。

いま広がる喫茶店再評価の動きは最後のサャンスかも
しれない。

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平成25年1月10日(木)

< 自動走行車 >

トヨタがラスベガスで自動走行車を公開。

トヨタはこれまで静止している障害物を自動でよけたり、自動
で停止したりする機能を公開していたが、完全に自動走行が
可能なクルマを公開するのは初めて。

車の天井上に車の「目」にあたるレーザーやステレオカメラを
搭載。

これを回転させることで周囲70メートルまで障害物の動きを
探知。

カメラは色彩を認識する機能があり、信号の色を読み取る。

赤信号ならブレーキに信号を送り自動停止させる。

通常走行時は道路の白線などを読み取って車線内を
走るよう操縦。

他の車が予期しない動きをしたときに事故を未然に防ぐ
のが天井上の「目」と車の周囲に配置されたレーダー。

レーダーは前方のほか横にも搭載。

交差点付近の車の動きを感知したり、隣の走行車線から
急に接近してくる車を探知。

これらの情報を解折して、衝突を避けるようにハンドルを
操作。

車間通信やGPSも活用。

トヨタはこれらの技術の完成度を高めて市販車に導入
していくそうだ。

自ら動く車の究極の姿か。

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平成25年1月9日(水)

< 「とんちの日」 >

今日は「とんちの日」だそうだ。

とんちで有名な一休宗純禅師の愛称「いっきゅう(1・9)
さん」の語呂合わせ。

宮崎県でとんち名人といえば「半ぴどん」。

半ぴどんは旧跡江村に実在した人(1785年死去)。

お酒が好きで家の仕事は嫁さん任せ。

あちこちに顔を出し、他人の世話を焼きながら、とんちと
ユーモアで村人を笑わせて回っていたという。

知恵者ではあったが、粗忽者の面もあってみんなから
好ましく思われていたようだ。

人間味豊かなところが人気の秘密。

ただし一番の持ち味は反骨精神。

貧乏人をバカにする金持ちや権力を笠にいばり散らす
武士には、徹底的に反抗してずけずけと意見したと
いう。

本名の半平に敬称の殿を付けた呼び名が「半ぴどん」。

半ぴどんが生きた時代、毎年のように災害があり、人々は
困窮したようだ。

そんな時代の半ぴどんの心意気やよし。

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平成25年1月8日(火)

< 砂 糖 >

甘みの代表といえば砂糖。

砂糖はその甘みで味わいを豊かにすることはもちろん、
食材を更に美味しくする様々な役割を果たしている。

肉が硬くなるのを防ぐ(保水効果)、ジャムなどにとろみを
つける(ゲル化)、パンの膨らみを助ける発酵促進、もち
菓子などをしっとり保つ(でんぷんの老化防止効果)、パン
やどら焼きなどにこんがり焼き色をつける(メイラード反応)
など。

日本の砂糖自給率は2011年で31%、11%の小麦と
比べると高い。

日本の砂糖の原料は北海道のテンサイと沖縄で栽培される
サトウキビ。

テンサイはそのままでは食べられないがサトウキビは、
その素朴な味わいから沖縄の人々に親しまれてきた。

サトウキビから作る黒糖は琉球王国ではウコンと並んで
専売とされたが庶民の生活にも溶け込んでいる。

 黒糖を使った蒸しパンなどは沖縄の子どもたちのおやつ
だそうだ。

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平成25年1月7日(月)

< うるさら >

ダイキンが除湿も加湿もできる家庭用エアコン「うるると
さらら」(略称「うるさら」)を発売したのは1999年。

1997~1998年に家庭用エアコン事業で赤字を続けて
いたダイキンは、起死回生を狙って開発したのがうるさらに
採用した「無給水加湿」。

水分を吸着する素材を使う除湿機の機能を逆手にとり
吸い取った水分をヒーターの熱で温めて取り出し、
湿った空気を室内に送り出す。

外気中から水分を取り込んで加湿するのは世界初だと
いう。

2003年~2004年には、ダイキンはパナソニックを
抜いて家庭用エアコンで首位に立った。

2012年11月に発売した「うるさら7」には地球温暖化
への影響を従来の3分1に抑えた冷媒を他社に先駆
けて採用。

うるさらの実績を弾みに、新冷媒の世界規模での普及
を目指すそうだ。

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平成25年1月5日(土)

< 皇宮屋(こぐや) >

宮崎市下北方町の平和台公園南側に広がる住宅街。

そこに日向神話最後の主役カムヤマトイワレビノミコト(
神武天皇)が住んでいたとされる場所がある。

宮崎神宮の元宮「皇宮神社」が鎮座し、古来「皇宮屋」と
呼ばれ大切に守り継がれてきた。

神武天皇は高原町の狭野で生まれ皇太子となる15歳の
時、この地に移ってきたという。

宮崎神宮の社伝によると、その後東征に向かう45歳
まで過ごしたとされる。

ここは台地になっていて、大淀川の氾濫による浸水
被害の心配がなかったため、辺りには弥生時代の
古墳や江戸時代の代官所跡もあり、昔から生活の
要所だったようだ。

神社を囲む1ヘクタールの森。

透明な光が注ぎ込む朝、住民たちが癒しを求めて
訪れる。

神武天皇はこの地で30年間の長きにわたって、宮崎
平野と大淀川を眺め、東方に古代王権を築き上げる
英知を育んでいたに違いない。


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