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2 0 1 3 年 2 月

平成25年2月28日(木)

< 元町橋 >


綾町の清流、綾南川に架かる元町橋。

全長約100メートル、幅10メートルの橋で既設橋を一部
利用する形で平成8年に完成。

親柱に描かれているのは、清流を泳ぐ鮎の姿。

元町一帯は江戸時代から昭和初期まで綾村の表玄関として
繁栄した集落だったそうだ。

大正5年頃までは道路や橋はなく、流通の主流は舟。

元町は、綾の産物を宮崎方面へ積み出す舟輸送の発着
場としても栄えていたようだ。

元町に橋が架設されたのは明治31年。

当時は八日町と呼ばれていたという。

綾町で初めて欄干付きの木橋が誕生したこともあり、多くの
見物人が訪れたそうだ。

その後、昭和14年に永久橋として新設され、昭和37年の
架け替え工事の際に元町橋と改名されたという。

初夏になると、元町橋の欄干から蛍が舞う姿を見ることが
できるらしい。

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平成25年2月27日(水)

< 会津の心 >


NHK大河ドラマ「八重の桜」を楽しんで観ている。

特にご当地、福島県出身の西田敏行の熱演が光っ
ている。

役柄は会津藩家老西郷頼母。

戊辰戦争がかの地にもたらした悲劇を象徴するような
人物。

会津は薩摩と長州、そして後の明治政府から目の敵
とされた。

おそらく最大の原因は、幕末の政局の焦点となって
いた京都の治安を守る役目を担ったことだ。

この役目を引き受けないよう強く主張した西郷頼母は
一時蟄居させられたようだ。

にもかかわらず戊辰戦争では第一戦に立って戦い、
そのさなかに家族の多くは自刃した。

武道にもかかわりがある人物でもある。

小説「姿三四郎」のモデルとなった西郷四郎は頼母の
養子。

合気道の開祖・植芝盛平が師事した武田惣角は、頼母
から武術を伝授されたと称していた。

近代日本の歴史を顧みると、会津の人たちが深い刻印
を残してきたように思えてならない。

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平成25年2月26日(火)

< 島之内地区 >


宮崎市北東部に位置する島之内地区は旧住吉村の
中心地。

かって広大な農村地域だったものの、経済成長と軌
を一つにして宅地化が進展。

中心部をJR日豊線と国道10号、西側を国道219号
が貫き、市街地中心部まで車で20分足らず。

旧住吉村は明治32年に島之内村、芳士村、新名爪
村、塩路村、広原村の5村合併で誕生。

昭和32年に住吉村が宮崎市に編入合併。

昭和38年に宮崎日大高を皮切りに国道10号沿い
に会社が店舗が次々に立ち並んだ。

砂利道だった国道は舗装され、交通量が急増。

農業用溜池は埋め立てられ団地に。

宅地化が進んだものの、基幹産業である農業は今も
盛ん。

かっての稲作中心から、現在ではキュウリ、ピーマン、
コチウラン、トルコギキョウなどの施設園芸へ。

明治、大正時代に四国から移住してきた人々が、この
地域に貢献したと言われている。

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平成25年2月25日(月)

< 炬燵 >


もともとは囲炉裏を床下に掘り下げて上部に炬燵櫓を
組み、その上に炬燵布団を掛けていたらしい。

室町時代からあったようだが、囲炉裏タイプの掘り炬燵
は江戸時代に一応の完成形をみたようだ。

ただ足を投げ出す腰掛式ではなく、正座して暖をとって
いたようだ。

その後、床を掘り下げ、金網でセーフティガードされた
火鉢のようなものを足元に置くようになった。

畳半畳で90センチ四方。

これが炬燵の基本サイズ。

昭和20年代から30年代にかけて普及。

高度経済成長時代になって赤外線を熱源とした電気
炬燵が登場。

現在は冬場の暖房器具としてだけでなく、夏季には炬燵
布団をはずして座卓代わりとして通年利用されることが
多い。

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平成25年2月23日(土)

< 御用菓子 >


東海道、大和街道、伊勢別街道の3街道の分岐点に
位置する関宿(三重県亀山市)。

この関宿の菓子店が舶来の砂糖、唐三盆を使った
高級菓子「関の戸」を考案。

小豆の漉し餡を餅米を練った求肥で包み砂糖を
まぶした「関の戸」は参勤交代で街道を往復する大名
の土産品として人気を集めたという。

1831年には、御用菓子にもなったようだ。

一方、高価な「関の戸」に縁のない大衆向けにまんじゅう
や干菓子などを製造。

明治維新後、唐三盆や国内産の和三盆が安価で
普及し始めると「関の戸」単品の商いに切り替えたようだ。

現在、餅米を練る作業は13代目と14代目の2人だけ。

余人は交えず、6代目が残した仕法帳に従った製法を
今も続けているという。

家業として親から子へ伝えていかないと伝統の味が
途絶えてしまうということか。

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平成25年2月22日(金)

< 森永橋歩道橋 >


国富町の森永地区、本庄川に架かる橋。

向高地区と森永・竹田地区を結ぶ森永橋歩道橋で、
2012年3月に誕生。

全長約300メートル、県内では珍しい工法が採用され
“ニールセンローゼ橋”と呼ぶそうだ。

主に、森永小学校の児童たちの通学路として活用されて
おり、子どもたちの安全が確保できるという点が大きな
メリット。

歩道橋から3メートルほど上流にあるのが森永橋。

1973年に架設された永久橋で、歩道橋ができるまでは、
同校の児童たちの通学路。

ただ、幅員が狭く、車の離合も難しい状況の中、保護者
や地域住民から子どもたちを安全に通行させてほしい
という強い要望があり、歩道橋の架設が実現。

橋のアーチを彩る青は、同校の全児童の投票で沢定
した色。

これからも、子どもたちの安全と成長を見守っていくに
違いない。

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平成25年2月21日(木)

< 日本製頼み >


深刻な大気汚染が続く中国で、日本製の空気清浄機が
売れているという。

パナソニック、シャープ、ダイキンの製品の販売台数は
今年に入り前年同期の2~3倍に増えているようだ。

尖閣問題を背景とする反日機運は収まっていないが、
「健康」や「安心」に関わる分野では、日本製品の優位
は揺らいでいないという。

3社のシェアは2012年に市場の約4割に達し、1月
以降も急拡大している様子。

汚染物資を除去する最新技術が評価されている
ようだ。

日本3社がシェアを急拡大するなか、中国の地場ブラン
ドはさえず、2012年にシェアを約15%に落し1月以降
も日本メーカーに後れを取っているもよう。

尖閣問題をきっかけに、日本メーカーの自動車や家電
製品は大きく販売を落としたが、健康、安心、美容に
関連が深い分野では反日の影響を余り受けてしない
ようだ。

中国の消費者も賢い。

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平成25年2月20日(水)

< 過疎地の給油所 >


消防庁は2011年2月の消防法改正で、ガソリンなど
危険物を保管する地下タンクについて、設置後40年
を経過した場合に改修を義務づけた。

燃料漏洩による土壌汚染や事故防止が目的。

タンク内面に補強剤を添付するか、壁面の腐食防止
装置を取り付ける対策などを求めている。

過疎地域を多く抱える宮崎県。

県石油商業組合によると、1月末までに改修が必要
だった給油所のうち20カ所が違法状態での営業や
廃業を余儀なくされているとのことだ。

大半が零細業者で利益率が低い構造が変わらない
限り補助金を受けても持ちこたえられないという。

今後4、5年で100カ所が改修期限を迎えるといい、
地域のライフラインとしての機能は壊滅的。

安全性を高める法整備が必要なことは分かるが、
過疎地域などについては地域差に対応した法整備と
支援が必要なのではないか。

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平成25年2月19日(火)

< 小瀬の太鼓橋 >


小林市野尻町、のじりこぴあにある巨大親子水車のそばに
ある古い太鼓橋。

長さ6.7メートル、幅2.5メートルほどの石橋は小瀬の
太鼓橋と呼ばれ、1989年、じりこぴあ完成とともに
移転されてきた。

元々、野尻町の紙屋東川内にある神谷川小瀬に架かって
いた橋で、歴史は1914年にさかのぼる。

小瀬の太鼓橋には、大正期の石橋の特徴がある。

壁石には格段の高さを水平にそろえて横自地が一直線
になるように積む整層積が採用。

モルタルなどの接着剤がなかったために、強度は弱かった
ようだ。

この橋にまつわるエピソードや石工、施工方法などの
詳細は分からないが、住民たちの大切な生活道路であった
ことは間違いない。

野尻町で現存する重要な文化財として大切に保存されて
いる。

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平成25年2月18日(月)

< 春季キャンプ >


今、南国・宮崎はプロスポーツの春季キャンプが真っ盛り。

3月に開催されるWBC日本代表のキャンプが15日に始まり
2016年のリオデジャネイロ五輪で正式競技に採用される
ゴルフも強化合宿が行われている。

WBC日本代表キャンプは、サンマリンスタジアムや木の花
ドームなどが集まる宮崎県総合運動公園が舞台。

受け入れ側の県と市は機運を盛り上げようと準備を進めて
きた。

今年から日韓プロ野球チームによる練習試合「球春みや
ざきベースボールゲームズ」も開かれる。

県内でキャンプを張るソフトバンク、西武の両チームに
加え、ロッテ、楽天に韓国の斗山ベアーズを交えた5チーム
が参加。

女子プロゴルフの新設トーナメント戦も3月にある。

地元も盛り上がっており、余暇にこうしたスポーツイベントを
楽しめば一足先に、春の気分を満喫できそうだ。

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平成25年2月16日(土)

< 牛乳瓶 >


子どもの頃、牛乳瓶がガチャガチャとぶつかる音は
聞きなれた朝の音だった。

牛乳配達が自転車だった頃だ。

寒い冬の朝、白い息を吐きながら配る牛乳配達の人を
みると、その音と相まって朝の空気が澄みきっていくような
感覚になったものだ。

その後紙パック牛乳が登場して、店で手軽に買えるように
なって、その音も減っていった。

ところが、瓶の牛乳も根強い人気があり今はむしろ高級品
として扱われているという。

リサイクルブームのご時勢、再利用可能な牛乳瓶がまた
脚光を浴びる日が来るかもしれない。

我が家も牛乳瓶を配達してもらっている。

その係はおばぁちゃん。

それにしても、昔銭湯で湯上りに飲んだ瓶の牛乳は
うまかった。

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平成25年2月15日(金)

< 温泉マーク >


温泉を表す温泉マーク「♨」は、泉源から湯煙が上がる
様子を具象化したもの。

この温泉マークの発祥には諾説があるが、別府市では
別府観光の恩人とされる油屋熊八が考案したとの説が
根強いという。

油屋は日本で初めて女性バスガイドを導入したり、「山
は富士、海は瀬戸内、湯は別府」の宣伝文句で別府を
全国に売り込んだりしたアイデアマンだったそうだ。

ただ、油屋が別府に定住したのは明治44年とされ、
官製地形図の温泉記号は何度も変更されたが、明治10年
代には楕円と3本の湯気の組み合わせが採用されていた
ようだ。

このため、油屋考案説にはやや無理がありそうだ。

もっとも、当時は一般になじみのなかった温泉マークを
油屋が別府温泉の宣伝時に着た法被の紋や着物の
柄、ポスターなどに多用。

温泉マークを全国に普及・定着させるのに大きく貢献
したのは、間違いなさそうだ。

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平成25年2月14日(木)

< 考える新幹線 >


JR東海は8日、東海道新幹線に新型車両「N700A」を
デビューさせた。

現行の車両と似て見えるが中味は別物。

ダイヤが乱れても自動運転で遅れを取り戻すハイテク
技術を積んだ「考える新幹線」。

ポイントの大きな1つが「自分で走る新幹線」。

日本の新幹線で初めて「定速走行装置」を採用し、ダイヤが
乱れた場合など、自動運転に切り替えて遅れを取り戻せる。

運転士の技量に頼らず操作は運転席のボタンを押すだけ。

停車までの距離をN700系に比べて1割縮めた新型ブレーキ
は大規模地震などに素早く対応。

台車の振動をセンサーで常時監視して故障を早期に見つける
機能もある。

吸音床を全車両に装置し、車内は静か。

トンネルに入る時も対向車両とすれ違う時も格段の揺れは
少ないようだ。

新型車両の最高時速は現行と同じ270キロで敢えてスピード
で勝負せず安全性や快適性を売り物にして、乗客の信頼を
得るようとしている。

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平成25年2月13日(水)

< 辛口 味噌 >


金沢市を代表する観光スポット、ひがし茶屋街を少し
外れた路地にある商店。

伝統的な製法で糀と味噌を作る創業180年の老舗。

160年前に建てた母屋と土蔵は市指定の保存建造物。

糀の原料は石川県産のコシヒカリ。

大豆は北海道産で煮てつぶし、糀と塩を加えて10ケ月
以上発酵熟成。

味噌の味は、その土地の気候風土を映すもの。

この店の味噌は強い塩気が特徴。

辛口味噌は少量で料理がびしっと決まるから素材の
持ち味を損なわないとされる。

先代の頃より塩分を抑えているが発酵の過程で旨味
と香りを最も引き出す塩分濃度を研究し今の味にたどり
着いたという。

客の8割近くが地元の個人。

3世帯居住が多い石川県内では、家々の味が受け継がれ
この店の味噌や塩糀などをわが家の味として買い求めている
ようだ。

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平成25年2月12日(火)

< 旧官営八幡製鉄所修繕工場 >


官営八幡所が稼働する前年の1900年、製鉄所敷地内で
竣工したのが修繕工場。

新日鉄住金によると、現存する国内最古の鉄骨構造建築
という。

外観がレンガでできた建物を支えたのはドイツの鉄鋼メーカ
ーの鉄骨。

その後、修繕工場は補強と拡張を繰り返したため、同製鉄
所で製造した自前の鉄骨と入り混じっている。

後で建造した部分ほど複雑で、この建物の中で日本の鉄鋼
技術の履歴がうかがえるという。

稼働後の製鉄所はトラブル続きで、修繕工場は当初の
目的の設備保全だけでなく、停止した高炉の改修なども
手掛けたようだ。

修繕工場は現在も稼働しており、摩耗した鋼材や機械部品
が運び込まれるようだ。

100年以上前に導入した大型クレーンも現役とのことだ。

一般の見学はできないが、世界遺産登録を目指して一部
公開も検討しているそうだ。

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平成25年2月8日(金)

< おしん >


今年になって、BSプレミアムで毎週日曜日午前10時
から11時30分まで、昭和58年放送のNHK連続テレビ
小説「おしん」が放映されている。

毎日曜日楽しみにして観ている。

感動、感動の名画面ばかり。

当時の視聴率は62.9%。

世界86の国や地域でも放映。

この「おしん」が東映で映画化されることになった。

撮影は今年中旬からスタート、今秋に公開。

テレビでは少女時代から大人になるまでの成長していく姿を
描いたが、映画ではおしんの少女時代だけに焦点を当てて
いるようだ。

奉公先の大奥様役に前回の母親役の泉ピン子、若奥様役
に前回おしん役の小林綾子が出演するという。

映画「おしん」の主役に宮崎市出身の濱田ここね(8才)。

楽しみな映画だ。

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平成25年2月7日(木)

< 目玉の役者 >


歴代団十郎は「目玉の役者」という。

怪力の武人や鬼神が大暴れをして江戸っ子を熱狂させた
初代以来の「荒事」では、目を見開いての睨みはその超人
的な力を表す所作だったようだ。

やがて団十郎その人の睨みに魔を払う力があると思わ
れたという。

そんなオーラを帯びた大名跡。

襲名にあたって十二代目市川団十郎さんが悩んだのも
無理はない。

初代が人気を得た元禄時代、七代目が活躍した文化・
文政時代は歌舞伎の黄金時代とされる。

そして20年ぶりの大名跡復活となった十二代目の襲名
も今日にいたる歌舞伎の空前の盛り上がりを
もたらした。

そのまなざしの呪力をひたすら観客を魅了し、次代に
歌舞伎の隆盛を手渡すことに使い切った十二代目の
生涯だった。

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平成25年2月6日(水)

< 塩 >


海に囲まれる日本は塩資源は豊富だが、簡単に塩を
入手できるわけではない。

海水から塩を得るには、まず濃い塩水(かんすい)を、
作る「採かん」、そしてかん水を煮詰めて塩を結晶化す
る「煎ごう」という2つの工程が必要だ。

縄文時代には藻塩という方法。

奈良時代には揚げ浜式と呼ばれる製塩法。

安土・桃山時代には潮の干満を利用して塩田に海水を
引き入れ、毛細管現象により砂に塩分を付着させる
入浜式が発明された。

生産性は10倍に増大、この製塩法は昭和30年頃まで
続いたようだ。

現代の塩作りはイオン交換膜法。

海から直接パイプでくみ上げた海水を濾過した後、イオン
交換膜により20%の塩分濃度にし、これを真空蒸発結晶
缶で煎ごう。

低圧のため沸点が低く、必要な熱エネルギーは少なくて
すむという。

そのまま海水を煮詰めるのに比べ、約50分の1の
エネルギーで塩を得ることができるようだ。

現代の塩作りは、自然の恵みはそのままに、より環境に
やさしいものに変わろうとしている。

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平成25年2月5日(火)

< 学生かばん >


中学、高校時代に使う「学生かばん」はかって布製の肩掛け
型や革製の手提げ型が主流だった。

革かばんは、薄く変形加工するのが中高生の間で流行。

20年ほど前からは、ブレザー型制服を採用する学校が
増えるとともに、合成皮革型のスポーツバック型が普及。

学生かばんが作られ始めたのは明治14年頃。

当初ほとんどがズック製の肩掛け式。

戦後、経済成長に伴って革製の手提げかばんが一般的
となった。

昭和から平成になった頃、有名デザイナーがおしゃれな
ブレザー制服をデザインするなど、私立校を中心とする
「学校のブラインド化」が目立つようになった。

それまでの革かばんと違い、本・ノート類と体操服を一つ
にまとめて収納できる機能面もスポーツバック型の普及
を後押ししたようだ。

いずれ、別のかばんの流行があるかも知れない。

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平成25年2月4日(月)

< 小田原かまぼこ >


神奈川県小田原市の名産といえばかまぼこ。

その歴史は古く、戦国時代にさかのぼるとされる。

なぜ小田原でかまぼこが特産品になったか。

まず相模湾で魚が豊富にとれたこと。

そして地下水が潤沢だったこと。

小田原は富士山の伏流水に恵まれ、しかもこの地下水
はミネラル成分を含み、かまぼこの製造に適していた。

さらに江戸時代に小田原は東海道の宿場として栄え、
参勤交代の大名や旅人の間でかまぼこが評判になって、
全国に広まったこと。

元禄、文化文政期と時代が下るにつれて庶民も生活水準
が上り、よりおいしいものを求めるようになった。

小田原のかまぼこ職人は街道を旅する人々の満足を
得ようと味や鮮度を競ったことだろう。

その積み重ねが品質を高め「小田原かまぼこ」の名を
上げていったに違いない。

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平成25年2月2日(土)

< 皇 子 港 >

高原町蒲牟田の御池のほとりにある場所は、皇子港と
呼ばれている。

カムヤマトイワビコノミコト(神武天皇)が幼い頃に遊んだ
地と言われている。

御池には周囲4キロ、深さ103メートルと日本で最も深い
火口湖。

辺りはカシ、タブ、イスなどの広葉樹が広がり、オオルリ、
キビタキ、ヤイロチョウなど約130種の野鳥が生息。

「野鳥の森」として1972年、国の第1号指定を受けて
いる。

皇子港の対岸にある松港の近くには滝がいくつもあり、
豊かな水が注が込んでいるという。

昭和50年頃までは皇子港は遊覧船も運航し華やか
だったようだ。

神武天皇も幼き頃、御池のほとりで水遊びをしたの
だろうか。


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平成25年2月1日(金)

< 青井岳鉄橋 >


都城市山之口町の国道269号線の上をまたぐ
青井岳鉄橋。

大分ー宮崎ー鹿児島を結ぶ日豊線で、山之口町から
青井岳間を結ぶ。

日豊線は1913年にまず宮崎駅が開業したが、険しい
谷間がある青井岳付近の工事が難航し全面開通には至らな
かったようだ。

1916年に山之口から青井岳が完成し、都城までの宮崎
本線が全面開通。

当時の列車は蒸気機関車が主流。

青井岳鉄橋を走る蒸気機関車にカメラを向けるSLファン
も多かったようだ。

現在はインターネット上で、噴煙を巻き上げながら鉄橋を
走り抜けるSLの写真が公開されており、昭和ノスタルジー
に浸ることができる。

青井岳鉄橋とともに住民の暮らしを支えてきたのが駅。

1980年までは8人の駅員が常駐していたようだが、
現在は無人駅となってしまった。

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