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2 0 1 3 年 11 月

平成25年11月30日(土)

< 40歳 >


セブン・イレブンが40歳を迎えたようだ。

今では生活に溶け込む存在のセブン・イレブンだが、約10
年周期で逆風に遭ってきた歴史があるという。

逆風は創業前夜から吹き荒れたようだ。

1970年代はスーパー成長期。

生みの親であるイトーヨーカ堂は、セベンへの出資を抑え、
人材の派遣も渋ったため、セブンは素人集団による船出と
なったそうだ。

結果「真夜中に客は来ない」「定価販売では売れない」など
の“常識”は利便性を求める消費者に覆された。

業界の“常識”を突き崩した原動力は素人集団。

10年ほど前、ATM主体のセブン銀行の事業化は困難と
言われたが、営業時間の限られた既存銀行に不満を持つ
利用者が24時間稼働のATMを利用し、タクシー運転手や
飲食店主の夜間金庫代わりとなり、創業3年で黒字化を
達成したそうだ。

東北大震災後ATMを車に積み被災地を回ると「遅い!」
と言われたという。

生活再建には現金が必要だったのだ。

セブン創業40年、生活者から「遅い」と言われる前にその
期待に応える使命を負う存在となった。

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平成25年11月29日(金)

< 紅茶に活路! >


日本有数の茶どころ、佐賀県嬉野市で紅茶生産が増加
しているという。

緑茶離れに悩む栽培農家が人気が右肩上がりの紅茶
に活路を見いだそうと転換を進めているからだそうだ。

今、嬉野に限らず緑茶産業は苦境を迎えているようだ。

全国の緑茶生産量は平成16年をピークに平成23年は
8割近く減少。

さらに、嬉野の環境は他の産地よりも厳しいという、緑茶
離れが進む中、茶農家は大手飲料メーカーと提携し、ペット
ボトル用の茶生産を増やしているが、嬉野は平野が少なく
山の斜面を利用した茶畑が多いため、効率化を進めるこ
とが難しく低価格を実現できないのだそうだ。

そんな状況下で、若手農家が注目したのが紅茶。

国内でも昭和30年代には生産されていたようだが、輸入
自由化により生産は中止。

近年は安心安全な国内紅茶への要望が高まっているので
この消費者を取り込めば、新たな特産品となり得ると考えた
ようだ。

伝統の嬉野茶は紅茶を起爆剤に再び雄飛しようとしている。

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平成25年11月28日(木)

< ゾーリンゲン >



「ゾーリンゲン」と聞いただけで、切れ味のよい刃物が
思い浮かぶが、これは企業名ではなくドイツ西部に位置
する都市の名前。

厳格な商品基準を通過した製品だけに「ゾーリンゲン」の
名称や商標の使用が許されるという。

売り物の刃物のみならず、そのパッケージデザインにも
親切心があるそうだ。

パッケージを裏返すと、台紙に緑がかった半円形が印刷
され、半円形に親指を添えて台紙を下方に押すと、自然
に指先がパッケージを封じている「ベロ」の裏側に滑り込
み、そのまま指先を広げると「ベロ」が引っ張り出されて
口を開ける仕組みになっているという。

つまり。「ペロ」はシールや糊、あるいはホチキスやテ
ープなどを使わず、ただ裏側に差し込んであるだけ。

商品そのものだけでなく、パッケージでも消費者の使い
心地を優先するデザインということだ。

パッケージそのものは目立つデザインではないが、ミリ
の単位で厳格に設計されており、商品を手にした時に
メーカーの親切さが伝わってくるドイツらしいパッケージ
に仕上がっているようだ。

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平成25年11月27日(水)

< 田野町甲地区 >


田野町甲地区は県内有数のスギ苗生産地。

県内全体の出荷数の半分以上を占めるという。

環境が適していることが大きな理由で、①雨が少ない②
冬になっても気温が急に下がらない③水はけが良く粘り
のある黒土に恵まれている―ことが挙げられる。

コンテナに入れて生産したり、露地で栽培したりする方法
があり、高さ40センチ以上になると九州各地に出荷する
そうだ。

ある樹苗園はコンテナ苗10万本、露地苗50万本の
計60万本のスギ苗を生産しているが植樹の際には
くわを使って一本一本丁寧に植えているという。

伝統行事が息づいているのも特徴、若宮八幡神社では
毎年10月頃に3地区が持ち回りでしめ縄を作るそうだ。

もち米のわらを使用するため、例年3月頃から米の
栽培を開始。

今年も担当地区の住民が集まって、2~8メートルの
しめ縄約20本を作ったそうだ。

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平成25年11月26日(火)

< いなりずし >


いなりずしほど重宝なものはめったにない。

これさえあればどこで食べても、誰と食べても独りで食べ
ても体裁がつく。

ただ今の街のいなりずしは進化しすぎて、酢酸の中に
アサリやアナゴ、メンタイコ、鶏肉、ワサビなどが入った
ものが出まわっているようだ。

形もスマートになって小型化している。

昔、小金井市に住んでいた頃、小金井寿司という店が
あった。

メニューはいなりとおむすびだけで持帰り専門店。

奥さん一人で調理しているようだった。

そこのいなりずしは、油揚げが黒褐色をしていてずんぐり
とした形をしていた。

そのいなりずしの油揚げはサクリ、サクリと歯に応える
ように硬く、それを噛みしめていくにつれて、そこから甘酢
っぱい煮汁の味と油揚げからのうま味、油からのコクが
湧き出てきた。

酢酸と油揚げの一体感がすばらしく、昔のいなりずしその
ものだった。

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平成25年11月25日(月)

< 伝統建築 >


たくさんの伝統建築が残る関西で数十年から数百年に
一度の大規模な修復作業が相次いでいるようだ。

世界文化遺産の薬師寺では、2009年から10年計画で
修復作業が進んでいる国宝・東塔。

東塔は奈良時代の730年に建立されたが、その後の
幾多の大地震でも大きな損傷を免れてきたという。

今回の修復では、塔を解体して部材の損傷具合を確認、
損傷部分を修復したり新調したりして再び組み上げる計
画だそうだ。

解体時には部材の大きさ重さを測る。

この作業の繰り返しで構造計算に使う3次元CGの精度
が向上し、解体が進むほど解折の精度は上がり、地震
に強い謎が明らかになってくるという。

姫路城も大天守の壁と屋根瓦の漆喰を塗り替える修復
作業を進めている。

この漆喰の主原料の中でセ氏100度近くで、1、2時間海藻
を煮てつくる海藻のりがカギを握るのだそうだ。

「平成の大修復」から見えてきたのは、現代に通ずる
古人の知恵。

平成の大修復から学ぶ知恵はたくさんあるようだ。

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平成25年11月22日(金)

< 癒やし系教習所 >


2012年の自動車教習所の卒業者数は約159万人。

ピーク時だった1988年と比べて40%も減少。

少子化に加え、都市部での若者の車離れが市場の縮小
に拍車をかけているようだ。

そんな中、免許取得中の楽しみとして地域マネーを教習
所内に流通させたり、ネイルサービスを提供したりして単に
免許を取るだけというサービスに付加価値をつけて、広域
から教習生を獲得している教習所があるという。

人口5万人の島根県益田市にある教習所がそれだ。

地方にもかかわらず全国でも上位5位に入る卒業生を
誇っているという。

敷地は東京ドーム約4個分の20万平方メートル。

夏休み中は大学キャンパスのような雰囲気となる広大な
敷地を利用して、ゴルフ練習場や岩盤浴施設も整備。

自動車教習所はリピート客が生まれづらいため、新規の
教習性獲得には口コミが極めて重要。

この教習所の場合、新規教習生の9割が友人や知人から
の口コミで同校を選んでいるという。

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平成25年11月21日(木)

< ペットフード >


コンパニオンアニマル(伴侶動物)とも言われるように
なった犬や猫などのペット。

室内での飼育や栄養価の高いペットフードの普及で
長寿化が進んでいるという。

ペットフードメーカー各社は高齢のペットでも食べやすい
ようにジュレ状にしたり、不足しがちな栄養分を追加する
などして、ペットの健康に心を配る飼い主の需要に応え
ようと競っている。

そんなメーカーの1つユニ・チャームが主力キャットフード
ブランド「銀のスプーン」シリーズから9月に発売した「三つ
星ジュレ」は、ジュレ状の「ウエットフード」。

高齢猫向けにビタミンを配合した10歳以上用と、15歳
以上用を用意。

特に15歳以上用には腎臓の健康を保つカリウムや、胃腸
の健康を保つオリゴ糖も加えているという。

猫用のウエットフードもスープと具を絡みやすくして猫が
簡単に舌ですくえるようにしてあるという。

わが家にも15歳以上の猫が2匹いるのでペットフードも
考えて入手しなければならないようだ。

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平成25年11月20日(水)

< 「しろくま」 >


かき氷に練乳をかけ、フルーツや小豆を添えた鹿児島
名物の氷菓「しろくま」。

地元の繁華街、天文館にあるレストラン「天文餅むじゃき」が
発祥とされる。

干しぶどうやサクランボを配置したかき氷を上から見ると、
シロクマの顔に似ているため商品名に使い、1947年頃に
考案したらしい。

だが、実は全国ではあまり知られていない別の命名
由来説があるという。

鹿児島市内の綿屋が昭和初期に夏場の副業で練乳入り
かき氷を販売し、容器にシロクマのデザインをあしらって
いたことから商品名にしたのだそうだ。

「ボンタンアメ」で有名な老舗製菓店が1969年頃に
フルーツ入りカップアイス「南国白くま」の生産を始め
鹿児島、熊本、宮崎の3県で発売。

当時は高級アイスだったようだが、飛ぶように売れた
そうだ。

現在、他の氷菓メーカーも同様の商品に参入し今や
「全国区」になったしろくま。

そのルーツを巡る論争が熱を帯びそうだ。

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平成25年11月19日(火)

< スクーター >


ラビットスクーターと言えば、昔人気テレビドラマ「少年
ジェット」の主人公が黄色いマフラーをなびかせて乗って
いたスクーター。

その後檀家回りで、足を揃えてスクーターに乗っている
お坊さんの姿が、何となく女っぽく見えたものだ。

法衣を着たまま乗るにはうってつけの乗り物だったの
だろう。

逆に、女性がスクーターに乗る姿が増えていくにつれ、
バイクは男が乗るものと思っていた先入観も崩れていっ
たものだ。

ラビットスクーターは、戦後すぐに登場し、一世を風靡
したが、ホンダのスーパーカブの登場で、その退場も
早かった。

ウサギ(rabbit)が猛獣の子ども意味するカブ(cub)に
負けたのだった。

最近はスタイリシュなスクーターも走っているようだが。

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平成25年11月18日(月)

< ATACS(アタックス) >


100年以上続いてきた鉄道の安全運行の仕組みが
転換期を迎えようとしている。

JR東日本は平成29年秋に無線を使った列車制御システム
「ATACS」を首都圏で初めて導入するという。

従来の列車制御システムの多くは、レールに電気を流して
列車の位置を検知し、信号機で後続列車の運転士に走行
可能な区間と速度を指示する方式を採用。

これに対し、ATACSは無線利用による車輌―地上基地局
間の双方向通信で列車の間隔制御を実施する全く新しい
方式。

従来の方式は米国で初めて使用され、日本でも明治37
年に登場して以降、100年以上の歴史がある。

長年定着している方式を変更する大きな理由は、線路の
周りに多数ある信号機や専用回線などの地上設備を
減らすためだそうだ。

また自動列車停止装置(ATS)も不要になり、保存点検費用
も削減が見込まれるという。

鉄道業界で産声を上げた“メード・イン・ジャパン”が世界に
羽ばたく日はそう遠くないのかもしれない。

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平成25年11月16日(土)

< 都井岬灯台 >


宮崎県の最南端、串間市の都井岬の突端に白亜の都井
岬灯台がある。

1929年に完成。

造船ブームなどを背景に近代化が急速に進んだ海運
業界からの要請を受け、建設計画が始まったとされる
が、日向灘が演習場だった旧海軍からの要望もあった
という。

建設当初は国産レンズを使用し、光源は石油ランプ。

1944年に電化され、当時は東洋一の光度を持つ灯台
に。

1945年の空襲、1950年の大型台風被害により、建設
当初から現在まで残っているのはコンクリート造りの灯塔
だけ。

海抜240メートルの断崖に立ち灯台の高さは約15メー
トル。

内部は常時、一般公開されている参観灯台で上部に上って
360度の眺望を楽しめるという。

天候次第で、内之浦のロケット基地や種子島まで見渡
せるそうだ。

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平成25年11月15日(金)

< 東京モーターショー >


東京モーターショーが11月後半に開催される。

見どころは環境性能と安全性能の画期的な向上。

環境先進車で注目されるのは、水素を燃料に電気を車の
中で発電して走行する燃料電池自動車。

水素と空気中の酵素を融合して走行するため、排出物は
水だけという点で究極のエコカーとも言われている。

水素ステーションなどの新インフラ投資も重要な鍵になる
ので、経済成長の一翼を担う一大国家事業になる可能
性がある。

2020年の東京オリンピックで燃料電池自動車が大量に
走る姿を世界に見せたら、日本の評価も高まるに違いな
い。

話題になっている自動走行などの安全技術の進化にも
注目。

単なる新車発表会ではなく、未来社会のあり方をクルマの
進化を通して具体的にみることができるなら、今回の東京
モーターショーも見る価値があるかもしれない。


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平成25年11月14日(木)

< セルロイド人形 >


「青い目をしたお人形はアメリカ生まれのセルロイド・・・」

野口雨情の童謡「青い目の人形」を聴くと、懐かしい気分
になる人が多いのではないか。

特にセルロイドは、昭和20~30年代に子ども時代を過
ごした世代の郷愁を誘う。

セルロイドは比較的成型が簡単なことから万年筆や筆箱
などの文房具、眼鏡のフレーム、洋服のカラーからおもち
ゃまでさまざまなものが作られた。

また、セルロイドは肌触りがよいところから人形も数多く
作られその代表格がキュピー。

当時その愛らしい姿は人気があった。

しかしセルロイドは燃えやすいという致命的な欠点から、
燃えにくい合成樹脂に次第に取って代わられ、その命は
わりと短かった。

その短い命であったこともより郷愁を誘う要因になっている
のかも知れない。

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平成25年11月13日(水)

< F35特需 >


IHIが米国の最新鋭ステルス戦闘機「F35」のエンジン部品
の生産に乗り出すそうだ。

総額100兆円ともいわれるF35市場。

F35はスパコン並みの性能を備える次世代戦闘機。

米英やイタリア、オランダなど9カ国がコストを分担し米ロッ
キード・マーチン社を中核に開発を進める。

IHIは5日、P&Wと主要部品など17品目を生産する契約
を締結。

このF35ビジネスは国内ではなく、その先にある「世界」
こそメーカーとしての稼ぎ場となる。

レーダー部品の生産でも三菱電機が重要な部品を担当
することになるという。

機体の最終組み立てを担当する三菱重工業は採算性
が確認できないため、今のところ生産への参加を決断し
きれない状況という。

参画するなら、事業性の確保と次世代技術の育成に
つなげることが不可欠。

F35特需のをつかめるか。

ステレス機の事業モデルはまだ見えないようだ。

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平成25年11月12日(火)

< 移動販売車 >


今、大型バスやトラックを「移動店舗」にして各地を巡り、
高級の宝飾品、衣料品や食品などを販売する企業の
取り組みが広がっているという。

全長約12メートルの大型バス。

広々とした車内には、高級宝飾品、毛皮など約480点。

床はじゅうたん敷きで、試着室やトイレも完備。

販売員も丁寧に接客し、まるで百貨店。

この「ムービングサロンパス」を始めたのは、化粧品大手
のポーラ。

イトーヨーカ堂も東京都多摩市の多摩ニュータウンで「あん
しんお届け便」を開始。

4トントラックで団地に食料品や日用品で運搬。

人気は肉や野菜といった生鮮品や牛乳、豆腐など賞味
期限の短い食品。

美容室の移動車サービスもあるようだ。

美容室に普段いけない高齢者や患者らに応えていると
いう。

現代版の行商だが、今後もこうした移動販売は増えるに
違いない。

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平成25年11月11日(月)

< 初代ブルートレイン「20系客車」 >

青い車体にクリーム色の帯が延びる初代ブルートレインの
「20系客車」。

高度成長期に東京―博多間を約17時間で結ぶ寝台特急
「あさかぜ」として活躍した車輌は現在、福岡市東区の貝塚
公園に保存。

20系客車は1958年に登場。

全車冷暖房完備で、食堂車も連結する豪華な造りで、当時
は「走るホテル」と呼ばれていたようだ。

同公園に置いてある車輌は1965年4月の製造。

1車輌は8ブームに仕切られ、かまぼこ型の丸みのある高い
天井まで届く3段ベットがブース内の左右に並ぶ。

しかし、この「走るホテル」も、新幹線や高速道路、飛行機
などのほかの高速交通網の発達に伴い寝台列車は次第
に出番が減少。

1980年代後半に引退。

1990年、福岡市がJR九州から無償貸与され同公園に
展示する
ようになったそうだ。

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平成25年11月9日(土)

< JR若松駅 >


JR若松駅前の公園にたたずむ9600型蒸気機関車。
1973年に役目を終えるまで福岡県筑豊地方で産出した
石炭の運搬などに使ったもので、若松駅はその中継地として
賑わったそうだ。

今の駅は1984年に新設したものだが周辺には往時を
しのばせる遺物が点在。

同駅の歴史は筑豊興業鉄道が若松―直方間で営業
運転を始めた1891年に遡り、駅周辺の桟橋には石炭
運搬船も停泊し当初から交通の要衝だったようだ。

石炭産出両の増加に合わせて、石炭を積んだコンテナを
運搬船に積み替える大型クレーンや石炭を列車から船
に直接流し入れるための高架桟橋なども設置。

しかし、石炭需要の落ち込みに伴い、駅の活気も失われ
新駅舎の完成後に旧駅舎は取り壊されたようだ。

高架桟橋のコンクリート製支柱は短く切られ駅構内に
あった鉄道橋は遊歩道になっているようだ。

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平成25年11月8日(金)

< ボスポラストンネル >


トルコ最大の都市、イスタンブールは1600年にわたって
東西の文明が交錯する都市として栄えてきた。

町を東西に分けただけではなくアジアとヨーロッパを隔てて
きたのがボスポラス海峡。

海底トンネルで両岸を結ぶ構想はオスマン帝国時代から
あったという。

「トルコ国民150年の夢」を実現する工事を受注したのが
大成建設。

2004年から工事に取り組み今年の10月に完成。

幅15.3メートル、最長135メートルもの鉄筋コンクリート
製のブロックを海底に沈めて接合していく工法による工事。

想像を超える難工事で、しかも遺跡の宝庫とあって発見の
たびに工事を中断。

ようやく完成にこぎつけ、10月29日に地下鉄の開通式典が
あったようだ。

今回のボスポラストンネル完成によって日本でトルコの結び
つきはますます強まるに違いない。

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平成25年11月7日(木)

< キャビア >


宮崎県産のキャビアが販売を開始するという。

「黒いダイヤ」と言われるように、キャビアは高級食材の
代名詞。

国産では唯一の本格熟成キャビア。

新鮮なキャビアを長く保存するためには低温殺菌や高
塩分処理が必要だそうだ。

風味を損なわないために絶妙な塩加減や熟成方法が
求められるという。

宮崎県が研究に着手してから30年。

かなりの年月とコストがかかった。

天然チョウザメは世界的に収量が激滅し、キャビアの
価格は高騰しているそうだ。

県産の需要が高まり、海外富裕層への売り込みも期待
できるという。

高級食材ということだが、キャビアのイメージがはっきり
しないため、一般の消費者には縁が薄いかもしれない。

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平成25年11月6日(水)

< 狭野神社 >


高原町狭野にある狭野神社は、15歳までを同所などで過
したとされる神武天皇を祭る地名にちなみ、サノノミコトの
異名を持つ神武天皇。

乗馬を楽しみ、好物は甘いアケビの実やキノコだったとの
逸話が同神社に残る。

好奇心旺盛、山を駆け回る行動派で、稲作普及に努める
など住民からの尊敬を集めたそうだ。

同神社はもともと皇子原に建立されたが周囲の山の噴火
に何度も見舞われ約400年前に狭野に移転。

その後も土石流被害などに遭ったが、その都度立て直さ
れてきたようだ。

高原の地を見守ってきた同神社には五穀豊穣や家内安全
を願い訪れる人が絶えないという。

神武天皇の一生と同様、厳しい試練を乗り越えてきた狭野
神社。

その存在は、苦難のたびに立ちあがってきた地域住民の
証しでもある。


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平成25年11月5日(火)

< 宝泉寺温泉郷 >


「九州の屋根」くじゅう連山の北に位置する九重町は、山裾
に広がる飯田高原を中心に幾筋もの湯煙が上がる温泉の
町。

町内に9つの温泉郷があり、このうち福岡側の玄関口にあ
たるのが宝泉寺、壁湯、川底の3つを総称する宝泉寺温泉
郷。

その中の壁湯は約300年前に岩をくりぬいて造った洞窟温
泉で岩の割れ目から湧き出る湯量は毎分1300リットル。

湯船からあふれた湯が勢いよく町田川へ流れこんでいる。

黒澤明監督の映画「乱」の撮影地でもある飯田高原一帯
はくじゅう国立公園に指定され標高800~1200メートル
の山裾に疎林の原野が広がっている。

宝泉寺温泉と長者原の中間には、川端康成が小説「波千
鳥」の構想を練るために滞在した筌の口温泉もあり、茶褐
色の炭酸水素温泉を楽しめる。

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平成25年11月1日(金)

< 小村寿太郎 >


太陽がさんさんと輝く日南海岸で雄大な太平洋を見ながら
育った男がいた。

1905年、日露戦争のポーツマス講和会議に臨んだ
小村寿太郎だ。

小村の粘り強い交渉で日露講和条約を調印。

ロシア領であった樺太の半分を得るという譲歩を勝ち
得た。

小村は1855年日向国飫肥藩士の子として生まれ、その
才能は幼少の頃から発揮され、15歳の時には東大の
前身である「大学南校」に進んだという。

1893年、中国の臨時代理公使になったが、体は小さいが
堂々とした言動で「ねずみ公使」とあだ名された。

小林は「飫肥の西郷」と言われた小倉処平の尽力で大学
南校へ進学できたそうだ。

教育による人材育成こそ地域活性化の源。

「野球のキャンプ」だけでなく「教育のキャンプ」ができたら
面白いのではないか。

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