Q&Q日記!  宮崎の風景・時事雑感・食べ物所感・歴史所感・映画・TV所感・スポーツ所感等々を書きます。

                                                                    宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産

宮崎市賃貸不動産情報満載!!宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産へようこそ!
宮崎市賃貸情報TOP Page
宮崎市空室情報
・神宮・文化
 公園周辺部
・宮崎市北部
・宮崎駅周辺
・宮崎市中心
・宮崎市東部
・宮崎市南部・
 西部
  シングル
 
 ファミリー
 写真で検索
・神宮・文化
 公園周辺部
・宮崎市北部
・宮崎駅周辺
・宮崎市中心
・宮崎市東部
・宮崎市南部・
 西部
  シングル
 
 ファミリー
 G-mapで検索
・神宮・文化
 公園周辺部
・宮崎市北部
・宮崎駅周辺
・宮崎市中心
・宮崎市東部
・宮崎市南部・
 西部
  シングル
 
 ファミリー
 こだわり物件
ペット飼育可
学生さん向け物件
新婚さん向け物件
新築物件
築浅物件
家電付
駐車料込み
オートロック
シングルバストイレ別
CATVインターネット付
バリアフリー物件
夜道安全物件
 その他物件
貸店舗・事務所
貸駐車場
戸建物件
パロラマ動画物件
 日    記
Q&Q日記
猫ファミリーBlog
どんげこんげ日記
宮崎街並Blog
宮崎イベントBlog

 各 種 情 報
宮崎市空室情報
希望条件登録
来店案内予約
会社概要
地 図
お問合せメール
免責事項
個人情報の取扱
Q&Qリンク集
不動産屋さんリンク集
 西日本
不動産屋さんリンク集
 東日本

saranari.net
ふれんず


  メール 
  この日記の感想をお聞かせください。。
   
2 0 1 4 年 4 月

平成26年4月30日(火)

< 佐土原町西部地区 >


佐土原城跡や巨田神社をはじめ史跡や寺社など城下町
のたたずまいが色濃く残る佐土原町西部。

佐土原初代藩主島津以久公が鹿児島から佐土原城に
移り住み、今年で410年になるとのこと。

上田島の鶴松館には藩政時代の佐土原藩の歴史資料
館がある。

1624~1643年の寛永年間の二の丸城跡に当時の
大広間、書院、数寄屋の3室を再現。

島津家以来の調度品など300店余りが展示されて
いる。

鶴松館にほど近く、町民の憩いの場として親しまれて
いるのが宝塔山公園。

公園内には緑の桜として知られる御衣黄桜や山桜
など約3千本もの花木が植えられている。

この敷地の一角に西の芭蕉とも称された高僧の墓も
あるそうだ。

東上那珂の那珂バス停そばを流れる下村川に架かる
夜泣き橋は、コンクリート製に架け替えられたが、橋の
たもとに祠が建てられ、今も地域の人たちが花を手向
け大切に供養しているようだ。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産


平成26年4月28日(月)

< 電 柱 >


昔は、電柱と言えば木製で腐食防止にコールタールが
塗られているのもあった。

電柱には電力会社管理の電力柱、通信会社の電信柱、
共用の共用柱などがあるとのことだが、もちろん当時は
そんな区別があることも知らず、全て「デンシンバシラ」と
呼んでいたような気がする。

やがて 木製の電柱はコンクリート製に変わっていき、
今では木製の電柱をみかけることはない。

光ファイバーなども電線が加わって、電柱もますます複雑
になっている。

さらに、電柱は徐々に地上から消えて、地下ケーブルになる
という話もある。

現に宮崎市内の国道10号線沿いは、電柱が消えている。

電線にとまっていたスズメの列や、犬が電柱にオシッコする
風景もいずれ消えてしまうに違いない。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産


平成26年4月25日(金)

< みやざき健康ピーマン >


宮崎県のピーマンは、冬から春にかけて大阪市中央卸売
市場に入荷するピーマンの約5割を占める代表的野菜。

子供の嫌いな野菜の一つに挙げられるピーマンだが、
その栄養価は高いとされる。

特に、野菜のビタミンCは日光によく当たるほど、その含
有量が増加する傾向にあることから、冬場の日射量が
全国トップクラスの環境で育った宮崎県産ピーマンは
全国標準値の約1.3倍とのことだ。

そこで 県と農業団体で構成する「みやざきブランド推進
本部」では、昨年 健康を切り口とした初めての商品ブラ
ンドとなる「みやざき健康ピーマン」を認証したようだ。

消費者に健康食材としての魅力を広く伝えていくためには
手軽に調理できる調理法の提案も重要。

量販店などで効果的な試食宣伝を行いながら積極的に
販売するとともに食育活動などもしなければならない
だろう。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産


平成26年4月24日(木)

< 「眠る資産」は宝の山 >

印刷工場、駐車場、飲食店・・・・・・・。

昔ながらの産業に新風を吹き込むベンチャーが相次いで
登場しているという。

100年を超える歴史と6兆円の市場規模を持ちながら、
企業数3万社の大半が零細企業である印刷業界。

あるベンチャー企業が全国の印刷会社を会員として組織。

会員の印刷会社は全国に、1700社を超えているそうだ。

このベンチャー企業は会員の印刷会社が持つ設備の能力
と稼働状況を元に、空いている設備を待つ印刷会社へ優
先的に仕事を割り振るという、そうすると、大手印刷会社
の10分の1程度でチラシの印刷を発注できるそうだ。

全国1万1000店を超える加盟飲食店の出前を注文
できるポータサイトを運営してシニア向けの食事宅配
事業を始めるという企業もある。

眠っている供給力、余っている労働力。

掘り起しきれていない顧客の需要と遊休資産をネットの
力で引き合わせれば、ビジネスチャンスはまだまだ
転がっていそうだ。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産



平成26年4月23日(水)

< 戦艦大和の黒板 >


太平洋戦争末期の1945年、沖縄への特攻の際に東シナ海
で沈没した戦艦大和で使用されていた黒板が日南市の自営
業を営む家から見っかったという。

この家の主人の父親が乗っていたカツオ船が1947年春
操業中に発見。

黒板の裏面には「軍艦大和第十九分隊長」の字が力強く
残っているようだ。

この黒板を鑑定した呉市海事科学館によると、同分隊は
主力エンジンを補完し、電力などを賄う補機の整備や維持
管理を担当。

黒板は補機室に置かれ、分隊長が隊員への連絡事項を
記入するのに使ったとみられる。

沖縄特攻を前に引火しやすい木造備品のほとんどが陸揚げ
された経緯があることから、特攻時に流失した可能性は
低いとされている。

しかし 艦内に全く木製品がなかったと言い切れず、特攻や
沈没時のものである可能性はゼロではないという。

第十九分隊長は、どんな思いで戦ったのだろうか。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産



平成26年4月22日(火)

< はんこ型テープのり >


はんこを押すように狙った箇所にのり付けできるスタンプ機能
付きのテープのり。

ニチバンは2007年に発売し、さらに2013年に小型の
製品を発売。

はんこのりは内臓したテープに付いている強粘着タイプののり
を、スタンプのように押すことで紙などに貼り付ける。

テープ1本で600回。

さらに詰め替え10回分と設計上の余裕分を含め、計7700回
の利用に耐えるそうだ。

ニチバンのはんこ型テープのりの特徴はテープを対象に
転写する仕組み。

テープを上から抑えるパッドで押しつけて転写をするので、
しっかりとのり付けができるという。

出来上がりを見れば、シンプルな製品だが、中身の仕組みも
パッケージも、試行錯誤の積み重ね。

そして さらに進化を目指し、開発を続けていくに違いない。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産



平成26年4月21日(月)

< 喫茶店とナポリタン >


当時B級グルメという言葉は存在しなかったが、ナポリタン
は決してB級ではなかった。

都会に出ても、ホテルや高級料理店は、とても敷居が高い
が、喫茶店なら気軽に入ることができた。

そこで おしゃれなネーミングのナポリタンを注文。

フォークは紙ナプキンで包まれたもの、スプーンはなし。

お皿は陶器ではなく アルマイト。

横に、粉チーズとタバスコがツイタタワーのように置いて
あったものだ。

もともとイタリアの港町ナポリには、スパゲティ・ナポリターナ
と呼ばれるトマトソースを絡めたパスタ料理があったようだ。

これを日本人の口に合うようにアレンジしたのがナポリタン。

高経経済成長時代の1970年代。

スカイラークなどのフアミレスが出現したのもこの頃。

そして 喫茶店ブーム。

妙めて即座に提供できるナポリタンは、当時の喫茶店の
必須メニューだった。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産



平成26年4月19日(土)

< カレーライス >


カレーライスが子供に人気があるのは今も昔も変わらず、
学校給食でも常に人気の上位にあるようだ。

ただ昔と今とでは、その内容が随分違っているように
思う。

今の家庭ではカレールーを使うのが一般的だが、昔は缶
に入ったカレー粉に小麦粉を混ぜて作っていて、肉も少な
かったような気がする。

やがて、厚い板チョコのような固形のカレールーが発売
されると、家庭で作られるカレーライスが飛躍的に多く
なったような気がする。

ただ、なぜかうちではカレーライスが食卓にのぼることは
少なかった。

粘り気もなくサラサラとしていたような気がする。

小学校のカレーライスは今のカレーよりも黄色であったが
味はよかった。

器に残ったカレーをパンでこさいで食べたものだ。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産



平成26年4月18日(金)

< 最初の旅客輸送 >


アメリカのライト兄弟が世界初の有人飛行を行った約
100年前、その頃 大空の飛翔する夢を抱いた男が
いた。

延岡市で生まれた後藤勇吉がその男。

陸軍で飛行訓練を受け、1921年に創設された操縦士
免許制度で第1号の操縦士となったという。

1922年には、日本で最初の旅客輸送に成功。

1924年には、日本で最初に日本一周飛行を成功。

現在、農産品の輸出など花盛りになっている航空輸送
だが、実は航空貨物事業の礎を築いたのは後藤勇吉だ
そうだ。

1927年、郷土宮崎のため、日向かぼちゃなどの生鮮食品
を大阪に空輸したとのことだ。

飛行機に対する勇吉の思いは後世に引き継がれ、現在の
航空業界の発展につながっているという。

勇吉が夢の実現に向けて大空に飛翔したように、国際
宇宙ステーションでは日本人初の船長も誕生。

今も、夢の実現に向けて飛翔し続けている。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産


平成26年4月17日(木)

< 路面電車 >


豪華クルーズトレインとして華々しくデビューしたJR九州の
ななつ星。

ななつ星の立ち寄る街では、お客様に対するもてなしの質
を向上する動きも活発化し、九州の観光に対する影響は
計り知れないと言われている。

そして 今注目されているのが路面電車。

長崎、熊本、鹿児島の街を駆けめぐる生活の足といった
イメージがあるが、観光客の利用も結構多いという。

昨年末 鹿児島市電ではバル(Bar)電車と銘打って、ジャズ
の生演奏やバーテンダーがシェーカーを振るカクテルの
提供など既存のビール電車とは一線を画すお洒落さを売り
として好評を得たようだ。

夏場なら鹿児島名物の白熊、長崎名物のミルクセーキを
途中で差し入れるパーラー車など、子どもたちや観光客
が楽しめる企画も考えられる。

街の景観を整える足がかりとして路面電車を活用する
ものも面白いかもしれない。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産


平成26年4月16日(水)

< う に >

桜の開花とともに、うに漁の解禁。

山口県の下関から萩にかけての日本海沿岸は岩礁が
多く、ワカメ、カジメ、アオサなどの海藻類が豊富に繁殖
しているため、うにの生育には最高の自然環境なのだ
そうだ。

明治20年頃、下関の漁師によって考案されたアルコ
ールを使った加工うに「雲丹(うに)」が下関名産「雲丹」
の始まりと言われている。

この日持ちがする加工法により、全国にその名が広
まったようだ。

真夏に最盛期を迎え、10月下旬、うに供養祭が赤間
神宮でとり行われると、うに漁の終了。

うにの食べ方は色々あるが、下関のうにには生が一番
だそうだ。

その中でも、炊き立てのご飯に、生うにを載せて、真ん
中に卵の黄身と刻んだシソの葉と焼き海苔を添えて、
醤油を少し垂らした、うに丼は最高だそうだ。

ちなみに今だにうにを味わったことがないのでその味の
よさは分からない。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産



平成26年4月15日(火)

< トヨタ生産方式 >


必要なものを、必要なときに、必要なだけ―と言えば、広く
知られたトヨタ生産方式。

この方式は、実は意外なところからヒントを得たようだ。

それは米国のスーパーマーケット。

スーパーで消費者は、セルフサービスで食料品や日用
品を必要なときに、必要なものを手に取っていく。

この光景にトヨタの技術者はピンときたようだ。

日本にまだスーパーが登場していない昭和20年代の
ことだ。

今、トヨタに農業が学んでいるという。

コメ生産の農業法人の間で、トヨタ生産方式にならった
経営の効率化が広がり始めている。

多めに作っていた苗も必要なだけ、田植えや収穫の時間
もITで管理。

野菜や果物にも「カイゼン」が広がれば日本の農業は
国際競争力がつくのは間違いない。

心配なのは農協に自己改革の意気込みがあまり感じ
られないこと。

タコツボでは何も変わらない。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産


平成26年4月14日(月)

< ランドセル >


子どもが小学校に入学することは、その家にとっては
一大イベント。

少子化の現在はなおさらに違いない。

その中の重要アイテムの一つがランドセル。

その昔の昭和30年代の小学生にとっても、それは同様
だったが、今と事情が少し違っていた。

当時のランドセルも牛皮革製が主流だったが、高価で
あったために安価なビニール製を背負っている子どもも
いた。

つまり ランドセルは、その子の家庭の経済状況が透け
て見えるようで、子どもたちもそれをうすうす感じていた
ようだ。

それが当時の子供たちが小学校という社会に出て味わう
最初の現実だったのかもしれない。

ちなみにランドセルを背負った記念写真が残っているが、
小柄だったためランドセルがやけに大きく見える。

当時はこの大きくて重いランドセルよりも、ピカピカと光る
ランドセルがよく見えたものだ。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産



平成26年4月11日(金)

< タケノコ >


春の息吹を伝える旬の食材、タケノコ。

日本一の産地として知られているのが福岡県。

福岡がタケノコの一大産地となったのは、歴史的経緯と土
壌などの環境が適していたからと言われている。

食用タケノコの代表種モウソウ竹が日本に最初に伝わっ
たのは、鹿児島で18世紀という説が有力だったそうだが
福岡には更に古くに入っていた可能性があるという。

大正期には八女市に缶詰工場が完成し、大量生産が本格
化。

福岡県が竹材による産業振興や水害防止のため造成を
奨励したのも相まって、同地区を中心に竹林が一挙に
広がったという。

こうした歴史的背景のほか、良質な土壌、適度な降水量
台風被害の少くなさなど栽培の条件に専まれていた
こともあるようだ。

タケノコ収穫は今が最盛期。

以上のような雑学を頭に入れながら、旬の風味を楽しむのも
味がある。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産



平成26年4月10日(木)

< 九州のSAKE >


福岡県や佐賀県の日本酒の蔵元が、和食ブームを
追い風に海外進出を加速しているという。

昨年7月、世界最大規模のワインコンペティションで、日本
酒部門の最高峰「チャンピオン・サケ」に福岡県八女市の
酒造会社の吟醸酒が選ばれたそうだ。

この酒造会社の日本酒は現在10カ国に輸出されている
という。

財務省の統計などによると、平成14年の日本酒輸出は
約7千500キロリットルだったが、10年後の平成24年に
は1万4千キロリットルに達したようだ。

海外での人気上昇と対照的に国内では日本酒離れが
進んだため、福岡、佐賀両県の蔵元も輸出拡大に舵を
切ったようだ。

佐賀県は昨年9月香港で商談会を開き、県内7つの蔵元と、
バイヤーら100人と引き合わせたという。

昨年末に「和食」が無形固定資産に指定されたことで、「S
AKE」の魅力が海外で広まる可能性が膨らみ、今後日本酒
の海外マーケットは無限に広がっている可能性が
ありそうだ。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産



平成26年4月9日(水)

< ハ サ ミ >


常識の罠。

製品の常識的な使われ方を疑うことは難しい。

しかし 用途の実態を調べれば、新市場創造の可能性
がある。

その好例がプラスの家庭用ハサミ「フィットカットカーブ」。

「ハサミは紙を切るもの」ということを前提とせずに生れた
製品だ。

顧客調査を実施したところ、ハサミへの要望の1位は
「切れ味」、2位「ベタつき、汚れ、さび改善」、3位「持ちや
すさ」だったとのこと。

使い方は実にさまざま。

紙のみならず、洋服のタグや食品パック、粘着テープ、牛
乳パックや段ボールなどの厚紙等々。

新商品の開発にあたって、計測を繰り返し、刃にカーブを
つけて、開く角度を30度に保つと、根本から軽い力で切れ
やすいことが分かり、従来の3分1の力で多様なものが切
れる製品が誕生。

しかし これで終わりではないようだ。

環境が変われば、ハサミの用途も変わる可能性があり、
いわゆる常識はない。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産



平成26年4月8日(火)

< 童謡「春の小川」 >


「春の小川はさらさらいくよ 岸のすみれや・・・・・」で始まる
童謡「春の小川」は東京の都心から遠くない場所の風景だ
という説があるそうだ。

この作詞家が当時、現在の渋谷区・代々木辺りに住んで
いて、周辺を流れる河骨川の情景を歌ったものとされて
いる。

この説からすると、曲が発表されて100年余りが経つとは
言え、都心の近くでも田園風景が広がっていたことになり、
現在のビルが林立する風景からはとても想像できない。

「春の小川」 2番「・・・・・えびやめだかや 小ぶなの群れに
・・・・」も、昭和30年代の宮崎ではごくありふれた風景だっ
た。

しかし 半世紀ほどの間に、メダカは絶滅危惧種になり、
フナもまた種類によっては童謡の運命をたどりつつあると
いう。

人間社会が便利さと引き換えに自然を失っているのは
間違いない。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産



平成26年4月7日(月)

< ごちそうさん >


NHK連続テレビ小説「ごちそうさん」が高視聴率のうちに
終了。

このドラマは明治末に東京に生まれた主人公が、しきたり
のややこしい大阪の町場に嫁ぎ、家族とともに戦中戦後を
たくましく生きていくという、言わば平凡なお母ちゃん
奮闘記。

ドラマに一貫している主題は主人公が常に誰かに「おいしい、
ごちそうさん」と言わせたい思いで台所に立つところにある。

このお母ちゃんには、どんな時にも人間の「飲食は平等」と
いう理屈抜きの考え方がある。

登場する料理も野菜の煮物、カレーライス、肉じゃが、
コロッケ、オムライスなど、決して特別なものではない。

ドラマの終盤は戦時中の配給、代用食、買い出しなど現在
の高齢者たちの体験がリアルに描かれていた。

「ごちそうさん」は理屈ではない。

無意識に「ああ、おいしかった、ごちそうさん」が言えれば
いいのではないか。

そんなドラマだったようだ。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産



平成26年4月5日(土)

< u n i >


もうすぐ新学期。

この時期に最も売れるのが鉛筆。

6割のシェァを握る三菱鉛筆の主力商品「u n i」は50年以
上代わらない製法を続け、バラツキのない品質で提供して
きた。

ユニは店頭で1本から購入できるがメーカー出荷はダース
箱単位。

1958年の発売当初、同製品のダース箱も人気の理由の
1つだったようだ。

1本50円と、当時10円だった9800番より高価ながら、
紙製ではないプラスチック製の箱を採用。

子供たちの憧れとなって、筆箱代わりに使う消費者が
続出したそうだ。

ダース箱は1988年から採用している現行品で、四代目
だそうだが中身の鉛筆は初代からほぼ変わっていない
ようだ。

鉛筆の軸のワインレッドや小豆のような色は社内で通称
「ユニ色」と呼ばれている。

漆器のようなツヤは下塗りから仕上げまでの重ね塗り
から生まれるという。

今年1月に出た限定品が定番品への昇格が決まるなど
今も人気に衰えが見えないユニだ。


                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産



平成26年4月4日(金)

< 麹と糀(こうじ) >


2011年から2012年に起きた空前の塩麹ブーム。

塩麹は塩、麹、水を混ぜて発酵熟成させた、うまみたっぶり
の万能調味料。

漬けたりあえたりするだけで、料理の風味やコクが驚くほど
アップ。

肉や魚はしっとり柔らかくなる。

市販品には「こうじ」の漢字が「麹」だったり、「糀」だった
りして字が異なっている。

よく見ると漢字の左側が麦と米。

実は麹全般にどちらの字を使っても間違いではないのだ。

麹は中国から伝わった漢字。

糀は明治時代に日本で造られた国字。

麹のふわふわした白い菌糸が蒸し米の表面を覆い、まるで
米に白い花が咲いたように見える米麹の様子から、糀の字
が当てられたとか。

日本人の美意識、米への思い入れが込められているのかも
しれない。


                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産



平成26年4月3日(木)

< 海洋調査船「白嶺」 >


石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が海洋
資源調査船「白嶺」を報道陣に公開したそうだ。

平成24年に完成した白嶺は水深2千メートルの海底に
到達した後、更に地下400メートルまで掘り進むことが
できるボーリング装置を搭載。

平成26年度は南鳥島周辺の調査を進め、平成27年度
には独占探査権を得た鉱区の調査に着手するという。

平成26年度は、4月から白嶺が調査にあたるコバルト
リッチクラストのほか、海底から噴き出る熱水に含まれる
金属成分が沈殿してできた「海底熱水鉱床」に眠る銅や
鉛、亜鉛などの埋蔵量調査を沖縄海底などで進める
そうだ。

日本近海には「メタンハイドレード」やレアアースがあり、
他国に頼らない安定的な自前資源として商業化に向け
て本腰を入れようとしている。

世界有数の領海、排他的、経済水域を活用し資源の多く
を輸入に頼る資源小国から脱却を狙っている。

資源大国への夢を乗せて白嶺がいく。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産


平成26年4月2日(水)

< 田の神さぁ >


春の彼岸に山里におりてきて「田の神」となり、豊作を
もたらすという田の神さぁ。

稲作で栄えたえびの市には約150体の神様が残され、
自然石、地蔵型、神官型、そして農民型など、さまざま
な形の神様があるという。

先ず 同市で一番古いとされる「中島の田の神さぁ」。

この田の神さぁは神官型。

1724年、江戸時代に建立されたようで、穏やかにほほ
笑む姿から平安をもたらすようなおおらかさがある
そうだ。

次に5月に田の神さぁの化粧直しをする「田の神まつり」の
伝統行事が残る末永地区の田の神さぁ。

この田の神さぁは農民型。

色使いが鮮やかで泣いているような、困ったような風ぼう
が特徴。

初夏の田んぼを災害から守り収穫を終えると山に登り、
田の神さぁは「山の神」になるそうだ。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産



平成26年4月1日(火)

< お舟出の地 >


日向市美々津町には神武天皇の「お舟出の地」伝説が
色濃く根付いているという。

伝承では、神武天皇は海上安全の守り神塩土翁(しおつち
のおじ)から東方に都を移すよう勧められたそうだ。

45歳の時、航海の無事を祈願するため、宮崎の宮居から
美々津に入ったという。

美々津の北部、耳川河口に鎮座する立盤神社には高さ
約8メートル、周囲15メートルの巨石があり、かってその
岩には東遷を勧めた塩土翁が祭ってあったという。

神武天皇は出発の好機を待っていたが、旧暦の8月1日
未明、潮の流れと天候がよくなり、急拠決意したようだ。

舟出の際に通過した沖合1キロ先に浮かぶ小島と灯台
のある竜神バエは「お舟出の瀬戸」と呼ばれ、灯台は
神に供える灯火「神のみあかし」として美々津を象徴。

歴史は神代から人の世に移ったが、神話はいつまでも
継承されていくに違いない。

                     宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産

 過去の記事
  2014年3月
  2014年2月
  2014年1月
  2013年12月
  2013年11月
  2013年10月
  2013年9月
   2013年8月
  2013年7月
  2013年6月
  2013年5月
  2013年4月
  2013年3月
  2013年2月
  2013年1月
  2012年12月
  2012年11月
  2012年10月
  2012年9月
  2012年8月
  2012年7月
  2012年6月
  2012年5月
  2012年4月
  2012年3月
   2012年2月
  2012年1月
  2011年12月
  2011年11月
 2011年10月 
2011年9月
2011年8月
2011年7月
2011年6月
2011年5月
2011年4月
2011年3月
2011年2月
2011年1月
2010年12月
2010年11月
2010年10月
2010年9月
2010年8月
2010年7月
2010年6月
2010年5月
2010年4月
2010年3月
2010年2月
2010年1月
2009年12月
2009年11月
2009年10月
2009年9月
2009年8月
2009年7月
2009年6月
2009年5月
2009年4月
2009年3月
2009年2月
2009年1月
2008年12月
2008年11月
2008年10月
2008年9月
2008年8月
2008年7月
2008年6月
2008年5月
2008年4月
2008年3月
2008年2月
2008年1月
2007年12月
2007年11月
2007年10
2007年9月
2007年8月
2007年7月
2007年6月
2007年5月
2007年4月
2007年3月
2007年2月
2007年1月