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2 0 1 4 年 8 月

平成26年8月30日(土)

< 紀州の棕櫚たわし >


今、一般家庭の台所にあるのは化学製品のスポンジ
タワシがほとんど。

和歌山県海南市に日本の棕櫚でできたたわしを作って
いる商店があるという。

棕櫚はヤシ科の常緑高木。

その樹皮は腐りにくく伸縮性に富み、古くから繊維を取って
縄やほうきなどに加工されてきた。

亀の子型のたわしは100年ほど前に誕生したという。

紀州の棕櫚たわしも大変人気を博したが、やがて安価な
パームヤシや中国産棕櫚に押され、昭和40年代を境に
衰退。

和歌山県の商店も、ある時期まで輸入の棕櫚でたわしを
細々とつくっていたが、十数年前にある得意先から紀州
産の棕櫚でたわしをつくることをすすめられ、一念発起。

パームヤシや中国産棕櫚にはない、国産の棕櫚たわし
ならではの「究極の手触り」を追究。

亀の子たわし、体洗い用たわし・・・・・。

何とか紀州産の棕櫚たわしの需要が増えることを祈る
のみ。

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平成26年8月29日(金)

< バナナ >


世界で1番バナナの輸出量の多い国は、何と南米の
エクアドルだという。

ガラパゴス島で有名なこの小さな国で、バナナ農業に
一大革命を起こした日本人がいるそうだ。

高校生だった47年前に父親に連れられ日本から移住
したそうだ。

麻の栽培からバナナへと手を広げたが、ある時バナナは
農産物ではなく工業製品になったと気づいたという。

農薬や化学肥料をふんだんに使えば短期間で成長し
大手企業などが買い取っていく。

そこからバナナづくりの挑戦が始まったようだ。

先ず土づくり。

茎や葉を発酵させて肥料を作り、ミミズを育てて土を
豊かにする。

コストは通常の2倍。

そのバナナは日本で1本の値段が100円。

丁寧に育てれば、味と香りは格段によくなり、買いたた
かれることなく、高くても売れる人気商品となったそうだ。

この農園の成功は、1次産品の輸出に頼るエクアドル
経済に一石を投じたようだ。

さて日本国内の農業はどうか。

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平成26年8月28日(木)

< ツクツクボウシ >


「ジー・・・ツクツクツク・・・ボーシ!ツクツクボーシ!」と
始まり、以後「ツクツクボーシ!」を十数回ほど繰り
返す。

小学校の夏休みも残りわずかになる頃、それに合わ
せるようにツクツクボウシが鳴き始めた。

夏休みの宿題が気になりながらもセミ捕りに出かけた
が、このツクツクボウシを捕えるのが一番難しく、捕っ
た者は仲間内でも自慢したものだ。

このツクツクボウシは、セミの中でも網を近づけると
鳴き声のテンポが急に早まり、網を伏せる瞬間鳴き
声を急きょ切り上げて逃げてしまった。

この素早ツクツクボウシとの一瞬の勝負に勝った証明
になるからだ。

残念ながら、この透明に近い羽をもつツクツクボウシ
に何度も挑戦したが惨敗の記憶しかない。

夏休みも終わりに近づくと残っている宿題の事で気分が
晴れなかった。

そのせいか、今でもその物悲しい鳴き声を聴くと何か
やり残しているものがあるような重苦しい気持ちが蘇
ってくるような気がする。

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平成26年8月27日(水)

< 高岡地区 >


宮崎市西部に位置する高岡町。

古くは薩摩藩の外城として栄え、現在も武家住宅や武家
門、石垣など歴史的資産が数多く残る地域。

先ず武家住宅。

この周辺は江戸時代に「高岡麓」と呼ばれ、薩摩藩の
武士団が集住。

2005年まで「吉富家」という武家住宅があったが、
老朽化で取り壊され、近くの「本吉家」が移築。

本吉家は築200年で染や柱はほとんど当時のもの
らしい。

高岡小学校には、武家門の一つ「河上家武家門」が
あるという。

建築は今から約280年前、弓術の指南家のものとされて
おり、観音開門だそうだ。

高岡町中心部から車で約10分のところにあるのが
「去川の関跡」。

薩摩街道の重要な地点だったそうだ。

高岡地区では、これからの景観を生かして、歴史と暮らし
が触れ合う街づくりを目指しているようだ。

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平成26年8月26日(火)

< マーブルチョコレート >


現在も販売されている「マーブルチョコレート」が初めて
駄菓子屋さんの店先に並んだのは昭和36年頃。

この円筒形容器に入ったカラフルでおはじきのような
糖衣チョコレートは、たちまち子供たちを夢中にさせた。

「7つの色が揃ったチョコレート」というキャッチフレーズで
発売し、初期のテレビCMには、当時6歳のマーブルちゃん
こと上原ゆかりが登場。

発売当初よりシールをおまけとして付けるなど話題になり
「アトムシール」に夢中になった子供たちも多くいた。

その後、動物を図柄としたシールや「今日は何の日」のテーマ
のシール、マーブルわんちゃんシール、都道府県シールを
経て現在は世界の旅シリーズのシール。

ただ、チョコレートに対するイメージでいえば、昭和33年
発売のグリコ「アーモンドチョコレート」の方が強烈だった
ような気がする。

それまで板チョコではなく、アーモンドが入ったチョコは
うまかった。

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平成26年8月25日(月)

< 夏のラジオ体操 >


夏休みもあと僅か。

かって、夏の早朝には、セミ時雨とラジオ体操に集まる
子供の元気な声が聞こえたものだが、今 全国的に
ラジオ体操から子供の姿が消えつつあるという。

少子化に加え、騒音の苦情や子供の事故を心配する
保護者が増えたことが背景にあるようだ。

参加者の年齢層にも変化が生じているという。

健康増進を目的に団塊の世代ら60歳以上が増える
半面、子供の参加が減っているようだ。

少子化や保護者の意識の変化に加え、ラジオ体操を
知らない子供も増えているという。

理由は学習指導要領(文部科学省)の改定。

平成10年、それまで体育にあった「体操」の領域が「体
つくり運動」に名称変更。

この変更により、ラジオ体操を教える小学校が減り、
ストリレッチ運動などに置き換えられたようだ。

この結果、夏休みのラジオ体操も先細り。

体つくり運動・・・・・・。

何かゆとり教育、土曜日休みなどと同様の発想を
感じる。

文部省は本当に子供の将来を考えているのか。

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平成26年8月23日(土)


< かき氷 >


夏に人気の食べ物といえばかき氷。

最近は大きな氷を薄く削った、ふわふわとした食感の、
専門店で作るかき氷が人気となっている。

専門店によると、おいしいかき氷を作るにはいくつかの
条件があるという。

先ずは、大きなブロック状の氷を使うこと。

さらに、天然水で作った氷や無味無臭の「純水」を使う
ことも大切だという。

この氷を少し溶かして柔らかくしたものを薄く削ると、
ふわふわとした食感になるそうだ。

日本のかき氷の歴史は古いという。

清少納言が「枕草紙」(平安時代中期)の中で、金属製
の器に氷を刃物で削った削り氷というものを紹介して
いるとのことだ。

子供の頃、青島海水浴場で泳ぎ疲れてぐったりとして
いるとき、しょっぱくなった口の中にかき氷が一口入る
と、そのおいしさに生き返る思いがしたものだ。

今も、街中の店先にあの白地と赤で「氷」と書いたのぼり
旗を見ると、思わず入りたくなる。

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平成26年8月22日(金)

< 100年ブランドに挑む >


色鮮やかな黄色のパッケージで長年親しまれてきた食品
包装フィルム「サランラップ」。

旭化成は、約50年変えてこなかった黄色のパッケージを
緑、青、ピンクの3色に刷新。

2015年に発売55周年を迎えるサランラップ。

旭化成は55周年に合わせた大規模リニューアルを計画。

先ず、2014年にデザインを刷新。

100年続くブランドになるために、発想を切り替え、情緒性
に富んだデザイン刷新を試み、消費者アンケートを経て、
3色への変更を決めたそうだ。

さらに、デザイン刷新に合わせた機能向上を開発部門に
提案。

思わず手に取りたくなるという新しいコンセプトのために
左右どちらの手でも握りやいよう、底面の凸凹のエンボス
加工を施し、さらに従来よりもフイルムが途中で破れに
くく、切りやすい刃の改良にも挑戦。

幕張メツセで開かれた消費材の展示会で、新デザイン
が初披露され、商品を手に取る来場者の表情に手応え
を感じたようだ。

約50年ぶりのリニューアルが消費者に支持されるか
どうか。

本番はこれから。

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平成26年8月21日(木)

< 久留米大学本館 >

JR久留米駅から車で約7分のところに白を基調とした
風格のある建物があるそうだ。

1929年に竣工した久留米大学本館。

九州医学専門学校として創立してから、地域のシンボルの
ひとつとして親しまれているようだ。

開学には現アサヒコーポレーションの設立者で、後にブリ
ジストンを創業する石橋徳次郎と石橋正二郎が全面的に
支援したようだ。

石橋家は約1万坪の土地と大学本館を寄贈。

当時の写真には、田んぼが広がる中、ひときわ目立つ
3階建ての大学本館がそびえ立っているという。

危機を迎えたのが1953年の筑後川大水害。

堤防の決壊で、2階の床上1.3メートルまで浸水。

幸いにも隣接する付属病院の患者も含め約1500人
が無事に避難できたそうだ。

本館では今もなお自然の猛威を忘れぬよう、水害時の
最高水位を示すプレートが残っているという。

久留米大は現在、5学部を持つ総合大学として地域を
支える人材を育てている。


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平成26年8月20日(水)

< サギソウ >


宮崎県高鍋町・高鍋湿原で希少種のサギソウが花を
咲かせたようだ。

緑の湿原で小さな純白の花が風に揺れ、サギが飛び回って
いるように見えるという。

今は3割程度の開花でピークはこれから。

サギソウはラン科の多年草で背丈は20~30センチ。

花は直径約3センチで、花びらの緑が細く裂けサギが翼を
広げているように見えるそうだ。

園内では西部湿原で約千本が自生し、先月下旬に今季
初めての開花が確認。

園内では秋の訪れを告げる紅紫色のヒメノボタンが例年
より約1カ月早く咲き始め、チョウトンボなど多数のトンボが
飛び交わっているようだ。

サギソウの花は小さいが、真っ白い花びらが緑の湿原で
ひときわ目立ち、神秘的で美しいそうだ。

園内では、いろんな生き物や植物が楽しめそうなので、
子供たちの夏休みの思い出づくりになるに違いない。

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平成26年8月19日(火)

< アロハシャツ >


涼しさと心の開放感を与えてくれるアロハシャツ。

真夏が似合うこの服の柄を生みだしたのは、実は日本人。

色鮮やかな柄とやわらかな風合いが特徴的なアロハシャツ。

その誕生の主役は、1868年以降、ハワイに渡った日系
移民。

サトウキビの耕作などで暮らしていた彼らが、着古した
着物を作り直したのが始まりといわれる。

その象徴は独特のカラフルな柄。

初期のアロハシャツを支えた日経移民系仕立て店は、
日本から反物を仕入れていたそうだ。

富士山やコイなどの柄が目立つのはそのため。

戦後の復興の一助に、とりわけ影響を与えたのは、
多彩な色で絵のような文様を描く染色技術、友禅染。

友禅がアロハシャツの柄を支えたようだ。

ハワイの移民と戦争、復興、職人魂・・・・・・・。

リゾート気分で鮮やかな柄をまとうとき、その歴史を
振り返るのもよいかもしれない。

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平成26年8月18日(月)

< 神社や寺の建設 >


街中には家や学校、デパート、駅などいろいろな建物が
ある。

数ある建物の中で専門的に引き受けるのが神社や寺の
建物。

古くからの伝統の美しさを守りながら、最新技術を取り
入れ、使いやすく、火事や地震にも耐える建物にしなけ
ればならない。

神社や寺は屋根の構造や軒下の独特の飾りなど普通の
建物とは建て方が違うようだ。

そのため現場作業は「宮大工」という専門の大工がいる。

伝統建築物は、外観のデザインが難しいという。

どこかの寺社のまねもできないので有名な寺社を参考に
するようだ。

次に設計に取りかかるが建物は広さや高さ、倒れにくさなど、
守らなければならないルールがある。

昔はなかったルールもあり、古い建物と全く同じ、大きさや
高さに建て替えられないことも多いという。

伝統建築物も現代の仕様に合わせながら伝統が
引き継がれているのだ。

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平成26年8月12日(火)

< カップヌードルライトそうめん >


日清食品が発表した「カップヌードルライトそうめん」は
カップヌードル初のそうめん。

熱々のそうめんだけでなく、氷をいれても楽しめる
新感覚のカップ麺だそうだ。

熱湯を注いで3分間待つ「ホット調理」と、氷を入れて
冷やす「アイス料理」を選べるようだ。

アイスの際は、熱湯と氷を180グラムずつ用意。

麺と具がぎりぎりつかるまでお湯を注ぎ、30秒後に1度
かき混ぜ、2分半たったら氷を入れてかき混ぜれば
完成。

麺は小麦粉で植物繊維を挟み込んで新開発したもの。

スープはシイタケのだしとアサリ、昆布のうまみを利か
せた和風鶏スープ。

具材は炭火焼きチキン、スクランブルエッグなど、「ライト
そうめん」はパッケージでも“和”にこだわり、富士山を
描いた北斎の富獄三十六景「東海道江尻田子の浦略図」
をあしらっているそうだ。

他に競合する商品がない上に、夏の定番食材であるそう
めんとあって、注目されるのは間違いないようだ。

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平成26年8月11日(月)

< 日本最古のそろばん >


国内で現存するものとしては最古とみられるそろばんが、
老舗メーカーの雲州堂で見つかったという。

16世紀末、豊臣秀吉の天下取りを支えた軍師、黒田官兵衛
の側近が秀吉から与えられたものとされる。

そろばんは中国式の「二一五珠」。

枠が紫檀材で銀の装飾があり、片面に「貫」などの重さの
単位が、裏面には「石」などコメ量の単位が、それぞれ記さ
れているそうだ。

謎解きのきっかけは官兵衛ブームと、そろばんを収めた
木箱に墨書された「四兵衛重勝拝領算盤」の文字。

四兵衛重勝は、官兵衛の側近である「黒田二十四騎」の
一人、久野重勝のこと。

秀吉の九州平定後か、朝鮮半島に出兵する文禄の役直前
に築城や区画整理で貢献した重勝に秀吉が褒美として
そろばんを与えたとする古文書があり、その特徴が雲州堂
の保管するものと一致するという。

この古文書から日本最古級のそろばんであることは
間違いないようだ。

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平成26年8月9日(土)

< 10年後の家の姿 >


積水ハウスが介護や省エネの最新技術を採用した住宅
づくりに挑んでいるという。

歩行支援ロボットを装着した高齢者が階段を上り下りする。

子世帯が働きに出る昼間に太陽光発電で作った余剰電力
を親世帯が使う―。

この実験住宅は、積水ハウスとホンダ、東芝が最新の省
エネやロボット技術を持ちよったスマートハウス。

積水ハウスは歩行支援ロボットで歩きやすい階段の設計
や屋外の照度や気温をセンサーで感知して換気や照明
を自動調整するシステムの開発を担当。

IT分野では日本IBMと協力。

天井に取り付けたカメラで食卓に置いた献立を分析し、
カロリー量などを算出するシステムを開発。

制御システムのマッスルと在宅介護用ロボットの共同開発。

電機や医療といった異業種との壁が崩れ様々な可能性が
開けてきた住宅市場。

さて 10年後の住宅はどうなっているか。

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平成26年8月8日(金)

< 剣塚古墳 >


国富町の中心部にある剣塚古墳。

約40メートル四方の古墳の上には剣枘稲荷神社が鎮座。

宮崎市や綾を結ぶ国富町のメインストリートである県道26
号から1本脇にずれた道沿いに神社があるという。

神社には樹齢約千年、高さ30メートルを超えるクスノキが
あるそうだ。

神社とこの巨樹を支える小高い山が古墳らしい。

この神社は今から約1900年前、この地を視察した景行
天皇が、自分の祖先を祭るために古墳の上に剣枘神社
という名前の社を建てたのが始まりなのだそうだ。

この古墳の一部が破損した際に3本の剣が出土し、神社
に保存されているそうだ。

古墳の上に神社を建てたのは、神社という信仰の場を上
に建て、古墳の盗掘や破壊を防止して、古墳を後世に
残したかったのだといわれているそうだ。

古代の人々がこの地域に愛着心をもっていたのは間違い
ない。

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平成26年8月7日(木)

< 太田缶詰工場 >


関さば、関あじで有名な大分市の佐賀関漁港。

ここで明治28年に缶詰生産を始め、今も造り続けて
いるのが太田缶詰工場。

工場の建物は明治から大正にかけて造られたもの。

国内に缶詰工場が初めてできたのが明治10年とされて
おり、太田缶詰は九州では草分けの一社。

アワビやサザエなどの魚介類のほか、クリ、ミカンなどの
缶詰を手掛け、最盛期には韓国を含め13工場で操業
するなど繁栄を極めたようだ。


建物の一つの母屋は、明治39年に建設。

正面は、西洋建築に似せた「擬洋風」の造りで、屋根には
太田缶詰のトレードマークである富士山の鏝(こて)絵が飾
られ、2階の応接室は外国人との商談に用いられたという。

現在、工場で製造販売しているのはサザエの缶詰だけ。

高級缶詰として贈答用に人気だそうだ。

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平成26年8月6日(水)

< トクホ飲料 >

「体脂肪や中性脂肪が気になる」「血圧、血糖値を下げたい」
等のさまざまな健康管理意識の高まりから手軽に飲める
「トクホ飲料」が売れているようだ。

トクホ飲料とは、消費者庁が「特定保健用食品」として、保健
の効能表示を許可した清涼飲料。

トクホ飲料活性化のきっかけは、2012年春にキリンビバレ
ッジが発売した「メッツコーラ」。

次いでサントリーが「ペプシスペシャル」を発売して市場が
一気に拡大。

2013年には花王が「ヘルシアコーヒー」、サントリーが
「伊右衛門特茶」を発売。

トクホ飲料の新製品増加の背景には清涼飲料市場の
成熟化があるという。

新カテゴリーの開発が進んでおらず、無糖茶、炭酸、果実
水等の主要カテゴリーは大手メーカーのナショナルブランド
間の競争激化で利益率が低下。

さらに大手流通のプライベートブランドにも押され気味。

そのため、一般の清涼飲料より単価が高く、利益率の高い
トクホ飲料は飲料メーカーにとって期待の星となっている
のだそうだ。

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平成26年8月5日(火)

< リニア >

リニアモーターカー開発の歴史は新幹線の開業2年前
にあたる1962年まで遡る。

その核となる超電動方式のアイデアを生んだ米国など
が開発を断念するなか、日本は半世紀以上を費やし
て技術確立や課題克服に挑戦。

戦前の「弾丸列車」計画の流れをくみ、東京―大阪
間を1時間で結ぶ時速500キロの超高速鉄道プロ
ジェクト。

1971年に超電導磁石で浮上力を発生させる実験に
成功し、1972年になると試験車輌の磁気浮上走行
を実現。

1987年の国鉄分割民営化でリニア開発の担当はJ
R東海に移管。

1997年に時速500キロを突破。

2003年には世界最高の581キロを記録。

新幹線は開業前に一部で戦艦大和と並ぶ無用の長物
とも批判されたが、日本の経済成長で一定の役割を
果たしたのは疑いもない。

リニア新幹線はどうか。

現在の新幹線に比べると輸送力の小ささを懸念する声
もあるが。

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平成26年8月4日(月)

< 石炭火力発電 >

今まで石炭火力発電は、CO2や大気汚染物質を多く出す
として「悪玉」視されがちだった。

だが、石炭は豊富で安価な資源。

実は、日本で「クリーンな石炭火力」へと最先端技術の開発
が進んでいるという。

瀬戸内海に浮かぶ大崎上島、Jパワーと中国電力が組み、
石炭ガス化複合発電(IGCC)と呼ぶ方式の実証炉の建設を
開始。

2021年度までに燃料電池による発電も組み合わせ、
最終的に石炭ガス化燃料電池複合発電(IGFC)という技術
を確立する計画だそうだ。

通常は石炭を燃やして得た蒸気でタービンを回して電気を
つくる。

IGCCでは、まず石炭を蒸し焼きにして発生させたガスを
燃やしてタービンを回し、さらにその排熱を使って蒸気を
つくり再度発電するため、一般的な液化天然ガス火力を
しのぐそうだ。

日本は、この石炭火力技術をインフラ輸出の柱の一つに
据えているという。

日本発の技術で石炭火力のイメージが一新される可能性
もありそうだ。


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平成26年8月2日(土)

< 白みりん >


千葉県はみりんの醸造量日本一を誇り、全国の約40%
を生産。

県の北西部に位置する流山市には「マンジョウ本みりん」
の工場がある。

ここで、現在の本みりんにつながる白みりんが江戸時代
後期に生まれたそうだ。

上方のみりんが主流の中で、地元の酒造業者が、酒造り
の技術を生かし、白みりんを完成させたという。

江戸川の水に恵まれ、もち米や焼酎などみりんの原料も
豊富にあったことから流山ではみりんの醸造が盛んに
なったようだ。

江戸川が開削され、大消費地の江戸と舟運で直結され
たことも大きな要因だったという。

もともと、みりんは甘い飲み物だったようだが、白みりん
の誕生と同時期に江戸の食文化が花開き、みりんは
料理の調味料へと変わり始めたようだ。

醤油やみりんといった調味料が一般的に使われるように
なり、そばやかば焼きに代表される江戸料理が発展して
いったのかもしれない。

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平成26年8月1日(金)

< ホオズキ >


日之影町では、今の時期ホオズキの収穫が始まる
という。

県内最大規模を誇り、先駆的に栽培に取り組む
日之影町。

2012年、県内では山間部を中心に作付けされ、関東、
近畿、九州各県にお盆の墓花や飾りとして約29万本出荷。

日之影町では1970年頃、同町七折の阿下集落から
ホオズキの栽培が広まったという。

毎年7月、東京六本木の朝日神社で開かれる「ほおずき市」
には、同町産もずらりと並ぶそうだ。

今年は10周年を記念して日之影神楽の特別講演もあり、
好評だったようだ。

同じく生産地で知られる西米良村でも地域おこしの目玉と
して、ホオズキにLEDを入れて作る「小灯し」に早くから
着目。

依頼を受けると製作体験教室を開くそうだ。

子供の頃、他の子供の真似をしてホオズキの音を鳴らそうと
したことがあった。

青酸っぱいホオズキを口に食わえて音を鳴らそうと試みたが、
鳴らなかった。

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