Q&Q日記!  宮崎の風景・時事雑感・食べ物所感・歴史所感・映画・TV所感・スポーツ所感等々を書きます。

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2 0 0 7 年 6 月

平成19年6月30日(土)

<K1―強い摩裟斗>

6月28日日本武道館でK―1WORLD MAX2007東京大会が行われた。

元世界王者の摩裟斗がHERO'Sミドル級のJ・Zカルバンと対戦
3−0の判定で下し決勝進出を決めた。

カルバンはK―1初参戦との事だが見るからにパンチ力が
ありそうな体付きをしていた。

3回を両者は休む事なく殴り合った。

終始攻め続けていたのは摩裟斗の方でよくもそこまで体力が
続くものだと思った。

この日の戦いに備えて走り込みをし下半身から鍛え直したそうだ。

現在の世界王者のブァカーオに敗れて以来何とか王者への返り咲きを
狙っていたがことごとくその願いは叶わなかった。

今年は余程期する所があるに違いない。

身体も一回り大きく見え、チャレンジ精神も旺盛だ。

自信を超えた自信が秘められているようにも見える。

それだけ自分の肉体と精神を鍛えてきたと言う事か。

とにかく今年の摩裟斗は何かやってくれそうな気がする。

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平成19年6月29日(金)

<猫のいる風景―その4>

今、家の中で飼っている猫は3匹だが今年の1月下旬頃までは4匹いた。

その猫はメスの三毛猫で2年位前家の玄関先に捨てられていた。

生後3ケ月位だった。

妙に馴れ馴れしい猫だったが、病気に罹り眼の上部が腫れてお岩さん
みたいになっていた。

そのまま放置すると死んでしまうような状態だった。

一番下の子供が自分の貯金を使ってもよいから犬猫病院に連れて行って
欲しいと頼んだ。

犬猫病院で治療を受け、その日から家の中で飼う事になった。

この三毛猫は人間に対しては非常に従順だが、以前からいる2匹の対しては
毅然たる態度で接し、新入りとは思えない行動をした。

遂には茶の間を自分の縄張りにして、他の2匹の猫が入ろうとすると
襲いかかるような仕種をした。

2匹のうち1匹のオス猫は冷静な性質の猫だが、ある日この三毛猫に
躾をするつもりか激しく争って頭部に噛み付き暫く離さなかった。

それ以来このオス猫に対しては多少敬意を表すようになった。

しかし今年の1月下旬、急に元気がなくなり、エサも食べない
状態になった。

水も飲まない状態になったので犬猫病院に連れて行って診てもらった所
ガンであった。

その日の夜自分の縄張りであった茶の間に横たわり
家人の見守る中で息を引き取った。

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平成19年6月28日(木)

<映画“座頭市”>

北野武監督の“座頭市”も見事な出来映えの映画であったが
“座頭市”と言うとどうしても勝新太郎というイメージが強い。

“座頭市”は勝新の数多くの映画作品の中でも代表的作品だ。

当初は勝新が“不知火栓校”という映画で盲目の悪人役
を演じ、それがキッカケとなって“座頭市”が制作された。

そして子母澤寛著の“ふところ手帳”という掌編小説の中で
盲目の居合い斬り達人の按摩屋の事が10ページ程度
書かれていたのもを基に映画用の“座頭市物語”が出来たものらしい。

この“座頭市”の圧巻は何と言っても目にも止まらない
逆手居合い斬りとその大立ち回りだ。

原作では仕込杖ではなく長刀になっていたので仕込杖による
逆手居合い斬りは勝新の独創だろう。

日本舞踊で鍛えた腰と更に武道の専門家に指導を受けた
逆手居合い斬りはまさに天下一品!

最初この映画で居合斬りを観た時は震えを覚えた程だ。

勝新の天才的演技に感動した。

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平成19年6月27日(水)

<95歳へ!>

先日書店に立ち寄った。

新刊本コーナーに行くと渡部昇一氏著の「95歳へ!」が平積みされていた。

渡部昇一氏は現在上智大学名誉教授で77歳。

知る人ぞ知る大変な読書家で膨大な蔵書があるらしい。

勿論御本人にも相当な数の著書がある。

英語学者であるが数多くの歴史論も著している。

1976年に「知的生活方法」を著して一般の人々に知られるようになった。

今回出版した「95歳へ!」は渡部自身が95歳まで生きる事を前提に
して書かれた本である。

また今年定年退職を迎える団魂の世代に対するエールも込められている。

渡部氏自身は幼時から書斎で生活を夢みていたらしく
95歳まで書斎での仕事を中心とした生活を計画しているらしい。

氏は「95歳へ!」で「老い」は何かを新しくマスターしようという気概が
なくなった時と言い、また記憶力は筋力と同じで鍛えれば
強くなるとも言っている。

自分の記憶こそが人格そのものだとも記してある。

成程と思った。

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平成19年6月26日(火)

<頑張れ桑田投手!>

元読売ジャイアンツの桑田真澄投手が今年大リーグの
ビッツバーグ・パイレーツに移籍した。

今年38歳になる桑田投手が大リーグでどこまで通用するのか
誰しも疑問に思った程だ。

ジャイアンツ時代に通算173勝をマークしたが、ここ数年
肩の手術の影響もあるのか彼本来のピッチングが
出来なかったので登板する機会も少なくなっていた。

そして大リーグに最後の機会を求め、マイナーの契約をしメジャー
昇格に夢をつないだ。

しかし不運にも開幕メジャーを手にしようとした矢先に負傷した。

それから黙々とリハビリと練習に励み、遂に念願のメジャー昇格を果たした。

遂先日、イチローの所属するシアトル・マリナーズと試合があり
イチローと対戦し、見事三振をとった。

桑田投手の顔が少年のように輝いていた。

野球ができる喜びを全身で現していた。

大リーグには40歳を過ぎても現役で頑張っている
ランディ・ジョンソンやロジャー・クレメンスがいる。

桑田投手も武器であるカーブの制球力を磨き何時までも頑張って欲しい。

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平成19年6月25日(月)

<ポピュラーミュージック>

昨年からある出版社が発売しているポピュラーミュージックの
CDを購入している。

二週間に一回の割合で配達される。

1950年代から1970年にかけてのポピュラーミュージックだ。

米国を中心にして英国、フランス、イタリアの歌手の曲を編集している。

今は外国の最新の音楽を聴く事は全くない。

当時は世界中の最新音楽をランク付けする事が盛んに行われていた。

例えば米国のビルボート誌等。

当時のポピュラーミュージックは現在聴いても新鮮な
音楽として楽しむ事ができる。

特に1965年から1966年までの作品がよい。

ポピュラーミュージックのジャンルは相当広い。

バラード調、フォーク調、カンツオーネ、グループサウンズ等々。

名曲も多く作られいる。

個人的にはバラード調、フォーク調を好んでいる。

当時青春真只中であったせいかも知れない。

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平成19年6月22日(金)

<越後の龍―上杉謙信その2>

長尾景虎は関東管領になってから上杉謙信と名のる事になった。

その前に関東管領の依頼で小田原城を攻めたり、関東平野の
諸大名を平定したりして争い事の処理をしていた。

しかしそれらの領土を自分の領土とする事はなかった。

私の為には一切動かない謙信であった。

そして足利将軍の依頼を受けて上洛し、当時疲幣していた幕府を
援助し面目を施した。

当時尾張で今川家を倒してから急速に伸びてきた
織田信長は戦々恐々としていたようだ。

武田軍団も脅威であったが、上杉謙信率いる上杉軍団も同様に
脅威であったからだ。

織田軍勢ではとても立ち向える相手ではなかった。

更に上杉家には佐渡の金山があり経済的にはかなり
裕福な面があった為、軍事力の充実も十分行うことができた。

上杉勢は積雪の間を除いて東に西に縦横無人の活躍ができたのも
この経済的な裏付けがあったからだ。

もし上杉謙信が天下統一という事に目を向けていたら短期間で
それを達成していた可能性がある。

しかしそれをしなかった所に上杉謙信の人となりが見えてくる。

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平成19年6月21日(木)

<男性長寿世界一>

宮崎県都城市在住の田鍋友時さんが男性の長寿世界一として
ギネスブックに登録された。

明治28年生まれの111歳。

明治、大正、昭和、平成を生きてきた人だ。

明治から100年間の日本の変わり様を見てきた。

欧米烈強の国々と対峠して身を粉にして頑張っていた
極東の貧しい島国の日本が現在のような経済大国になったのを
どのような思いで見ているのか非常に興味がある。

田鍋さんの住む都城市には、以前にも長寿日本一になった人がいた。

都城市は周囲を山々に囲まれた盆地だ。

昔から畜産業が盛んな所だ。

田鍋さんは毎日乳飲料を飲んでいると言う事なので、その事が
健康維持に役立っているのかも知れない。

TVで田鍋さんのお顔を拝見したが一見して70歳位にしか見えず
肌もツヤツヤとしていて、物事にこだわらない人柄のようにも思えた。

それが長生きの秘訣なのかも知れない。

「死にたくないわな。」という発言にも何か全てを
達観しているような感じがした。

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平成19年6月20日(水)

<コロッケ>

家庭で食べられる料理の中でコロッケはその代表的なものだ。

今は全国チェーンのコロッケ専門店やブランドコロッケも数多く
出されている。

コロッケは癖がなくジャガイモの味を主体としているので誰でも抵抗なく
食べる事ができる。

幼児の頃、肉屋さんの前からコロツケの匂いがしてきて、思わず
唾を呑み込んだ記憶がある。

何時もコロッノケが食卓に上がる訳ではなかったがコロッケが
出た日は嬉しかった。

コロッケにイカリソースをかけて食べる時、最高に幸せな
気分になったものだ。

今でもイカリソースの独特の匂いを覚えている。

今年の春イカリソースはブルドックソースと合併して
そのソースの味も今風の味に変更された。

時代は急速に移り変わっていく。

それと共に調味料の味も変わっていくのか。

今晩は新ジャガのコロッケを食べよう!

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平成19年6月19日(火)

<4人の脱北者>

今月2日、北朝鮮から4人の男女の乗った小型船が青森県
深浦港に着いた。

日本から韓国に亡命する為に来たとの事。

乗ってきた小型船は大人が両腕を広げたくらいの幅で
屋根もなくとても日本海を渡れるような船ではなかったらしい。

両親とその子供2人は現在の北朝鮮の苦しい生活と将来の
不安から北朝鮮を脱出する事にした。

今の北朝鮮の支配者の事を無力とまで話している。

余程の覚悟で北朝鮮を脱出したものと思える。

北朝鮮に発見された場合の事を考え自殺用の青酸カリの
準備までしていた。

しかし北朝鮮は今厳重な監視体制を取っているものと思っていたが
小型船が日本に向かう事を発見できなかった。

日本で想像する以上に北朝鮮という国自体が疲幣し軍事体制も
弛緩しているのだろうか。

何が起きてももおかしくない今の北朝鮮だ。

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平成19年6月18日(月)

<猫のいる風景―その3>

猫を観察していて思う事だが、猫という動物は人間が考えている
以上にデリケートな神経を持っているようだ。

しかも結構寂しがり屋だ。

二匹の兄弟オス猫は一方の姿が見えないと必死になって捜す。

心配でたまらない様子で、それでも見つからない時は
家人に鳴いてその事を訴える。

また家人の誰かが外出すると何か不安で落ち着かない様子。

何日も家を開けるとそれこそパニック状態となる。

外出先から家人が帰宅すると既に玄関先で待ち受けてお迎えをし
“お帰りなさい”とでも言うように鳴く。

余程嬉しいらしくて家人に付いて回る。

そして驚いた事だがこの猫達は嗅覚も優れているが聴覚も優れているらしく
家人の乗っている車のエンジン音を覚えていて、エンジン音を聴いて
玄関先で待ち受けている。

今迄そう言う事が出来るのは犬だけかと思っていた。

猫も馬鹿に出来ない。

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平成19年6月16日(土)

<悲運の戦艦大和―その12>



日露戦争の日本海海戦での日本海軍の圧倒的勝利は世界各国の海軍、
中でも英国海軍はその勝利の原因分析を行い、新型戦艦の建造計画をした。

その計画に基づいて建造されたのが“戦艦ドレットノート”である。

1906年就役、21,000t、30.5cm主砲連装5基。

この戦艦は単一口径の連装主砲5基を装備して、当時の戦艦の概念を
一変させてしまった。

戦艦ドレットノートはそれ以前に建設された戦艦と比べると
圧倒的に強力な戦艦であって、ドレットノート一隻でそれ以前の戦艦2隻に
相当すると言われた程だ。

ドレットノートに類似した戦艦は当時弩級と称された。

数年後にはドレットノートを超える戦艦が建造され超弩級と称され
各国の戦艦建造がますます激しくなり、大建造競争時代となった。

日本でも同様に戦艦建造が行われ、超弩級の戦艦として
金剛型の高速戦艦が建造された。

その後も各国の大建造競争は続きますますエスカレートし
大艦巨砲主義に走っていった。

その最後の象徴が戦艦大和であり、自らを始末することで
大艦巨砲主義の幕を降ろした。

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平成19年6月15日(金)

<マンガ>


    

以前新聞報道で麻生太郎外相の肝入りで外務省が
国際漫画賞を創設すると言う事を知った。

今、日本の漫画が世界に誇れる水準だそうだ。

最近のマンガを読む事は全くないが小学校から大学まで数多く
マンガを読んだ。

現在のように子供たちにとって娯楽というものが少なかった時代には
マンガは最高の娯楽であった。

漫画専門の月刊雑誌もあった。

小遣いではとても買えなかったので友達に借りたり貸本屋で借りたりした。

多くの子供達に読まれたマンガが手垢だらけで
本自体もくたびれてヨレヨレになっていたが、そのマンガを手にした時は
最高に幸せな気分になり早く読みたい気持にかられた。

手塚治虫の“鉄腕アトム”横山光輝の“鉄人28号”竹内つなよしの
“赤銅鈴之助”がその頃の人気漫画だった。

子供達に夢と希望を勇気を与えてくれたマンガ達だった。

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平成19年6月14日(木)

<納豆>


今年になって関西TVの番組「発掘!あるある大辞典2」で
納豆の分析データーをねつ造してダイエット効果があるように放送して
問題になった。

放送直後から全国各地のスーパーで納豆が売り切れ状態となり
メーカーの生産も追いつかない状況となつた。

納豆は元々関東と南九州で食べられていたらしい。

納豆を初めて食べたのは東京で生活をしていた時であった。

宮崎で生まれ育っているが、当時一度も納豆を食べた記憶がない。

両親が愛媛県出身の為かも知れない。

最初他人が納豆を食べているのを見て、こんな腐ったような臭いのする
食べ物のどこが良いのだろうかと思った。

納豆を混ぜながら糸を引いている状態も気持ち悪かった。

何かの機会があって納豆を食べた。

その臭いには馴染めなかったが思いの外うまかった。

何度か食べる内にその独特の臭いも気にならなくなった。

納豆に含まれる「ナットウキナーゼ」に健康増進効果があるらしい。

今、週に一回は納豆をおいしくいただいている。

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平成19年6月13日(水)

<国産ジェット旅客機>


三菱重工業が官民一体の事業化を目指す国産ジェット旅客機の
概要を発表した。

70人から90人乗りの小型ジェット機との事。

国産旅客機はターボブロップエンジンの「YS―11」以来製造されて
いないので゜、今回の開発は初めてのジットエンジンの旅客機開発となる。

酸素繊維を使った複合材を主翼などを中心に利用して軽量化を図り、
また空力設計システムを使い風切り音など騒音低減も図った。

カナダのボルバルディア、ブラジルのエンブラエルの競合機よりも
20%燃費を向上させた。

米国ホンダの子会社でも現在超小型ジェット旅客機を開発中だ。

このジェット機は胴体にエンジンを取り付け空気抵抗を減らす工夫がしてある。

日本は戦前には名機零戦を初めとして数多くの優秀な航空機を
開発製造している。

今後世界中でジェット旅客機がタクシーに乗るように利用される事は
間違いない。

日の丸ジェット旅客機が現在の車と同様に世界中で飛んでいる姿を
見てみたいものだ。

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平成19年6月12日(火)

<玉子丼>

丼ものは数多くあるが、その中で玉子丼は単純素朴そのものである。

ご飯、玉子、醤油、だし、ネキ゜等が材料。

玉子かけご飯に少し手を加えただけの料理だ。

食欲がない時でもガツガツと食べる事が出来る。

玉子丼には思い出がある。

小学校低学年の頃だと思うが母親の実家に行くのに
母親に連れられて行った時の事だ。

その実家は愛媛県西宇和郡保内町と言う所で漁業と農業の街であった。

別府港から八幡浜港に行くのに小さな客船に乗った。

そこに行くには九州と四国の間を流れている豊後水道を
通らなければならない。

何もなくても流れの激しい海流であるのにその日の船の揺れ方が
半端ではなくすっかり船酔いをしてしまいお腹の中の物を
全部吐いてしまった。

八幡浜港近くになって波もおさまってきた頃急に空腹を感じ始めた。

その時船内で食べたのが玉子丼だった。

最高においしかった!

それを運んできてくれたボーイさん(?)の顔を覚えている程だ。

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平成19年6月11日(月)

<猫のいる風景―その2>

テンカンの持病持ちの猫の事。

この
猫は殆ど眼が見えない。

家の中は記憶、嗅覚、聴覚だけで動き廻っている。

自分の通り道に記憶していない新たな物品が置かれるとその物体に
気づかずにぶつかってしまう。

そのような状態なのに結構勇敢な事もする。

例えば階段の上にある手摺りに上がりその狭い手摺りの上を
脚を上手に交互させながら歩く。

勿論滑ったら只ではすまない。

一階の床に真っ逆様で身体を負傷するか、場合によっては
即死の可能性もある。

この行動も猫の本能的行動なので叱ってもまた同じ事を繰り返す。

執念をもっている猫だ。

しかしテンカンを起こした時は本当に可哀想になる。

呼吸困難状態になって口をパクパクさせ身体全体を痙攣させる。

犬猫病院に連れて行き筋肉弛緩剤を注射してもらう。

暫くはグッタリした状態で腰が抜けたようになり動く事もできない。

しかし翌日はケロッとして動き廻っている。

逞しい猫だ。






平成19年6月8日(金)

<金メダルは重かった>



先日ある会合に出席した。

その時に特別講演で体操競技の金メダリスト塚原光男氏が話をしてくれた。

幼少時から将来人の出来ない事をしたいという夢から十代半ばから
体操競技を始めた。

メキシコ、ミュンヘン、モントリオールとオリンピックに3回出場し
5個の金メダルを獲得した。

鉄棒の月面宙返り、跳馬のツカハラ跳び等の技を編み出した。

その月面宙返りはトランポリンの技から編み出された。

それもオリンピック出場を前にして鉄棒の回転技に悩んでいた時に
突如閃いたらしい。

3回目に出場したモントリオールオリンピックには
“奇跡の神風逆転ドラマ”があった。

予想もしない突然のアクシデントに見舞われた。

一つ目はキャプテンの笠松選手の盲腸手術。

二つ目は藤本選手が吊り輪を演じきって着地した瞬間に
脚の半月板骨折で戦線離脱。

この時点で誰しもが金メダル絶望と思った。

その時入院しているはずの笠松選手が病院を抜け出して
日本選手に向かって叫んだ。

「日本、頑張れ!」

その応援に日本選手は奮起して5人の選手で跳馬、平行棒に臨み
ほぼ完璧の技を披露した。

この時点で当時のソ連との点数差は0.125

最後の鉄棒でソ連に逆転し金メダルを獲得した。

まさに奇跡の逆転劇であった。

塚原氏は会場にこのモントリオールオリンピックで獲得した
金メダルを持参していて出席者の一人一人に手に取ってその感触を
確かめるように言ってくれて金メダルを会場に廻してくれた。

その金メダルを手にして思った。

金メダルはズシリとして重い、と。(約600gとの事)

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平成19年6月7日(木)

<絵画鑑賞>

先日知り合い人の母親が絵画の個展を開催している事を知り、
それを鑑賞する為に出かけた。

絵画についての素養はまったく無いのでその絵画の価値を
評価することは出来ない。

市内の画廊の2階が展示場となっていた。

作品が壁沿いに30点程陳列してあった。

絵画の対象は花、子供、風景等であった。

この絵を描いたご婦人は現在83歳との事。

コーヒーをご馳走になりながら話をさせてもらった。

非常に上品で率直な話をする方だった。

ご本人が60歳の時にご主人を交通事故で亡くされ
その後周囲の友人に励まされて絵画を始められた。

以来23年間個展を開催できる程の作品を作られた。

絵画教室に通ったとしてもある程度の素質があり根気よく勉強しなければ
とても鑑賞できる絵とはならないだろう。

それまでの苦労とは無縁のような活き活きとした眼と艶々とした顔が
印象的だった。

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平成19年6月6日(水)

<米映画―“駅馬車”>

最近NHKBS2で米映画“駅馬車”を観た。

過去何度か見ているが最後のシーンくらいしか記憶していなかった。

西部劇の代表作品といわれる“駅馬車”はジョン・フォード監督と
ジョン・ウェインコンビの作品だ。

この映画の制作後もこのコンビは西部劇の名作を世に送り出している。

今回はTVでジックリと観させてもらった。

かなり緻密に演出された作品である事が分かった。

主演のジョン・ウェイン以外に7人の脇役がおり、8人が駅馬車に
乗り合わせ、各々の性格・境遇の違いから、その人物像を浮かび
上らせるようなストリーになっていた。

そしてジョン・ウェイン演じるリンゴオ・キッドとクレア・トレヴァー演じる
商売女ダラスとの感情の触れ合いも効果的に盛り込み、最後には
この二人のハッピーエンドで終わっている。

更にこの映画を決定的に印象づけた駅馬車を襲撃する
アパッチのシーンは圧巻だ。

そのスピーディーさダイナミックさは現在観てもその迫力に圧倒される程だ。

黒澤明監督がこの襲撃シーンに感銘を受けたと言われているのも頷ける。

1939年制作の映画だが今観ても新鮮さを感じる映画だ。

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平成19年6月5日(火)

<伝統の早慶戦―斎藤投手>

6月3日日曜日神宮球場で伝統の早慶戦があった。

この日は東京六大学野球の最終戦で早稲田が勝てば優勝、
慶応が勝てば56年ぶりのプレーオフに突入するというシナリオだった。

早稲田の先発投手はハンカチ王子こと斎藤佑樹投手であった。

6回で4点を取られ降板したが5回まで慶応相手に無失点で押さえ、
初戦を落とした悪い流れを一気に引き戻し見事勝利に導いた。

斎藤投手は早大に入学後その人気の為満足にトレーニングが
出来なくて苦労したとの事だ。

高校時代より足の筋肉が落ちた事から速球中心から変化球のツーシームが
投げやすいフォームに変えてトレーニング不足を補ったらしい。

非常にクレーバーな投手である。

現代の若者にしては小柄な方だが、それを頭脳で補っている感じがする。

それと強運の持主でもある。

六大学入学直後に優勝投手になったのは斎藤投手が史上初。

今後の活躍が楽しみな斎藤投手だ。

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平成19年6月4日(月)

<代打逆転満塁ホームラン>

先日のソフトバンクとの交流戦でジャイアンツは、3点を追う7回
1死満塁から代打の代打の矢野謙次外野手が逆転満塁ホームランを放ち勝った。

代打逆転満塁ホームランはジャイアンツで6人目との事。

代打でホームランを打つ事は難しい事であり、しかも逆転満塁ホームラン
となるとどんな強打者でも至難の業である。

偶然のホームランでもない。

球場に来る前にやるべき事をしていたから、このような結果を
出せたのだろう。

左投手に対しての代打専門と言う事で左投手を研究し練習を
積み重ね、試合中には刻々と代わる様子を確認し、自らの出番に
備えていた事は間違いない。

この矢野選手一人にしてもこのような執念をもって野球をしている。

他の選手も同様だろう。

今年のジャイアンツが強いのも納得できる。

個々の選手の意識が向上し、全員野球で勝利に向かって臨んでいる。

久しぶりにプロ野球の醍醐味を観させてくれた試合であった。


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平成19年6月1日(金)

<大相撲―青白時代>


一昨日夏場所を全勝優勝で飾った白鵬が第69代横綱となった。

歴代3位の22歳の若さだ。

朝青龍と東西の綱を張ることとなった。

入門当初はやせていて、どの部屋からも誘いがなかったのを
熊ケ谷親方(元幕内竹葉山)が拾った。

その親方が鬼になって鍛え上げ横綱となった。

白鳳の父親もモンゴル相撲の元横綱との事。

両親の喜んでいる姿が目に浮かぶようだ。

夏場所ではその品格を問われるような振る舞いをした力士もいたが、
白鵬はそのような振る舞いに及んだ記憶がない。

その風貌も穏やかで将来大横綱になる可能性を秘めている
ようにも思える。

来日してからの7年余随分とつらい思いをしたに違いない。

言葉、生活習慣の違う中で大変な苦労と努力をしたものと思う。

日本の若手力士も白鵬を見習って稽古に励み将来の横綱を
目指してもらいたいものだ。

とまれ横綱となった白鵬に祝福を送りたい。

おめでとう、横綱白鵬!

                       宮崎市ふどうさん屋Q&Q不動産

     


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